国宝級オルガニストは初恋の彼女に甘く口づける
「本当に?」
 信じてもらえないのか、と胸が痛んだ。一緒に仕事をしてきたのは自分なのに。事務として地道に支えてきたのに。
 なのに。
 悔しくて言葉が出て来なかった。

「あの人、ムトウ製菓のご令嬢で雑誌にも載ったんだろ? 有名らしいじゃないか」
「とにかく謝りに行こう。君もきて」
「そんな……」
 なにもしていないのに、謝らないといけないなんて。

 正直に言うべきだろうか。
 言うなら、どこからだろう。
 過去、彼女にいじめられていたことから?

 だが、それを言うのはみじめだ。
 ちっぽけな自分にだってプライドはある。
 いつまで苦しまなくてはならないのだろう。なんでいじめられた自分をみじめだと思わなくてはいけないのだろう。

「こちらに非がなくても謝罪するなんて、社会人ならよくあることだろう」
 たしなめるように課長が言う。
 その通りだ。クレームの電話を受けたときなど、相手を落ち着かせるためにとりあえず謝罪をして、それから話を聞く。よくやってきたことだ。

 だが、今回は違う。
 ただ蕾羅の悪意だけがある。
 律華を攻撃するために、仕事を蹴った。
 自社にも迷惑がかかだろうに、そこまでして攻撃する。
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