国宝級オルガニストは初恋の彼女に甘く口づける
 いたぶって、なすすべもなく打ちのめす。それが楽しいのだろう。
 だから昨夜のような逆襲は蕾羅の神経を逆なでし、加虐を加速させたのだ。

「もういい。こちらだけで謝罪に行く」
 部長が怒って席を立つ。
「香椎さん、失望したよ」
 課長がため息をついて席を立った。
 律華はただうつむいて、涙をこらえた。



 どうしようもなく落ち込んで席に戻ると、電話が鳴った。
 律華はとっさに電話をとった。平静を装い、会社名を名乗る。

「その声、ばい菌ね」
 律華はびくっと震えた。
「どう? 今の気分は」
 くすくすと笑いながら蕾羅が言う。

「どうして仕事を……」
「ばい菌のくせに、図々しいのよ」
 罵声に、受話器を持つ手が震えた。

「このままだと奏鳴さんは契約を切られるわ」
「契約って」
「ホールの専属契約よ。私がお父様に言えば……わかるわよね」
 笑いを含んだ声に、律華は声が出なかった。
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