国宝級オルガニストは初恋の彼女に甘く口づける



「なんかあった?」
 会議室を出ると、同僚が心配そうに聞いて来た。
「大丈夫だよ」
 律華は弱々しく笑って答えた。

 集中できないまま、だらだらと仕事をして終了時刻を迎えた。
 会社を出てスマホを見ると、彼からメッセージが来ていた。

『仕事終わった? お疲れ様。話したいことがあるんだけど、時間とれない?』
 炎上のことだろうか、とぼんやり思った。
 彼からはなにを言われるのだろう。自分のせいで炎上したと責められるのだろうか。
 思って、首を振る。そんなわけない。

 いじめられて以降、被害妄想みたいなものが頭にはりついて、自分が攻撃される不安にさいなまされている。
 帰宅してご飯を食べてからもずっとスマホを手に悩む。

『大丈夫? 無事かどうかだけでも教えて』
 メッセージが追加で来た。
 ベッドの端に膝を抱えてすわり、表示されたメッセージを眺める。
 返信を打とうと手を伸ばし、だけど打てなくて手を下ろす。
 なんどそれを繰り返しただろうか。

 正直なところ、会いたい気持ちより、恐怖がまさった。
 会ったら、また写真に撮られてネットで誹謗中傷を受けるのだろうか。本当に誰かが殺しに来るのだろうか。
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