国宝級オルガニストは初恋の彼女に甘く口づける
 そうしてそうっと中に入ったのだが。
「なんであんたここにいるの」
 咎める声に、ビクッとして振り返る。
 蕾羅だった。
 にらむ目に、美人ならではのすごみが加わっていた。

「最後だから! コンサートだけですぐ帰るし、会社もやめるし、遠くに引っ越すから!」
 必死に叫ぶ。
「だから会社のこと、きちんとしてほしいし、彼の契約を切らないで」
 蕾羅は鼻に皺をよせ、さらに律華をにらむ。

「最後、ねえ……。だったら、こっちにきて」
「どこへ行くの?」
「奏鳴さんが大事なんでしょ?」
 言われて、律華は唇を引き結んだ。
 蕾羅が歩き出す後ろを、とぼとぼとついて歩いた。



 ホールの奥、一般客は入れないところへ連れて行かれた。
 蕾羅が扉を開けると、大きな音がして、見慣れない機械が目に入った。丸みを帯びたモーターから太い管が伸びている。奥に木組みがあり、四角の蛇腹状のふいごがあった。そのふいごからはワイヤーが伸びていた。脇には残材らしきワイヤーが残っていた。

「送風機室よ。パイプオルガンに送風する機械はうるさいから、防音が効いてるの」
 なぜそんなところに自分を連れて来たのだろう。
 律華は暗い目で蕾羅を見る。
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