国宝級オルガニストは初恋の彼女に甘く口づける
「開演したあとに音が鳴らなかったら、どうなるかしらね」
 律華の背筋がぞくっと震えた。
 蕾羅は手袋をしてポケットからペンチを取り出すと、ワイヤーをパチンと切った。

「なにするの!?」
「これでふいごが動かなくなったわ。通常は電動で送風されるけど、大きな音を出すときはこのふいごを使うの。一番盛り上がるところでちゃんと音が出ないなんて、大失敗よねえ」
 ペンチを押し付けられ、律華は思わず受け取ってしまう。

「なんでそんなこと!」
 にたにたと蕾羅は笑う。
「天罰よ。失敗してから送風機室に来たらワイヤーを切った犯人を見つける、そういうこと」
 言いざま、蕾羅は部屋を出た。
 外から鍵をかけられて、律華は出られなくなる。

「開けて!」
 どんどんと扉を叩くが、なんの反応もないし、外の物音はまったく聞こえなかった。
「どうしよう」
 スマホを取り出す。圏外だ。

 このままコンサートが開始されたら。
 律華は大きなふいごの装置を見上げる。
 ざわつく観客。困惑する奏鳴。想像して、恐怖がわきあがる。

 またネットでさんざんなことを書かれるのか。
 奏鳴までもが傷付けられることになるのか。
 コンサートが失敗したら、損害賠償が発生するのだろうか。
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