国宝級オルガニストは初恋の彼女に甘く口づける
 なんとかしないと。
 だけど、ドアは開かない。

 持っているのは渡されたペンチ。自分のバッグにはハンカチ、ティッシュに財布、スマホ……とうてい脱出に使えそうなものはない。
 防音がきいているなら、どれだけ声を出しても届かないだろう。

 スマホをもって室内を移動したが、どこにいても圏外だった。
 悔しく思いながら送風機を眺める。
 その上部に隙間でもないかと探すが、そんなものはどこにもない。

 だが。
 律華は泣きそうな目で送風機を眺める。

 これが空気を送るということは、パイプオルガンに繋がっているということだ。
 音は空気を振動させて伝わるものだ。糸電話は糸に音が伝わって相手に聞こえる。
 律華はスマホを送風機の管に接触させて最大音量で鳴らした。

 普通に考えて不可能だ。モーターの音のほうが大きいし、こんなかすかな音が届くはずがない。
 だが、どうにかしてこの機械のありさまを伝えなくてはならない。

 お願い、誰か気が付いて。
 祈りながら、律華は音を鳴らし続けた。

***

 開演を控え、奏鳴は燕尾服姿で落ち着きなく控室を歩き回っていた。
 いつも開演前は緊張する。
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