国宝級オルガニストは初恋の彼女に甘く口づける
 感覚が鋭くなり、とくに聴覚が過敏になるらしく、ちょっとした物音にも過敏に反応する。
 今日はいつも以上に神経質になっていた。

 背筋がぞわぞわして、言いようのない不安が胸に広がる。
 こんなに心が騒ぐのは久しぶりだ。大きな国際コンクール、デビューコンサート、世界的オーケストラとの共演、そのくらいだ。

 律華と連絡がとれないせいだ、といらいらしながら奏鳴は思う。
 なんとか会えないかと電子チケットを送ったが、返答はなかった。来てくれるかどうか、賭けだ。来てくれたら、そのときにはもう二度と離さない。

 ネットでのストーカー疑惑と炎上。
 自分の立場を甘く見ていた、と悔やんだ。こんな炎上が起きるとは思っていなかった。
 三日もしたら炎上は収まっていたが、きっと彼女は傷付いただろう。
 奏鳴が下手に発言するとさらに炎上するから、と事務所からはスルーするように言われていた。だから公式には律華はストーカーでも恋人でもなんでもない。

 そのことで彼女と話をしたかったが、迂闊に触れられずにいた。知らないならそのままにしたほうがいい。
 そもそも動物園にいた写真を撮ったのは誰なのか。それこそがストーカーではないのか。
 判断する材料に乏しく、手をこまねていた。

 受付に写真を見せ、彼女が来たら楽屋に連れて来るように頼んでいた。が、いっこうに来ない。
 なにかおかしい。
 違和感が拭えない。が、それがなんなのか、言葉にできない。

 ただ感覚だけの問題だ。鋭敏になった肌が粟立つ。
 じっとしていられなくて、奏鳴は舞台に向かった。
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