国宝級オルガニストは初恋の彼女に甘く口づける
 奏鳴を見て、律華は顔をくしゃくしゃにした。
「閉じ込められたの。それより機械が」
 律華が示す先には、ワイヤーの切られたふいごがあった。

「これだと音が出ないんじゃないの?」
「なにがどうなったの?」
 男性に聞かれて、初めて奏鳴以外の人がいることにきがついた。

「松戸さんが席にいたから呼んできて。急いで!」
 奏鳴の言葉に、スタッフは送風機室を飛び出した。



 連れて来られた松戸雄造は、ざっと見て顔をしかめた。
「今日は中止したほうが良いよ」
「でもお客さんも待ってるし」

「そこのワイヤー、作ったときの余りかな? 捨てといてって言ったのに。直す材料があるのは幸か不幸か。直しても音を確認する時間なくない?」
「松戸さんを信じてるよ」

「すごいプレッシャーかけて来るね」
「最悪、演奏が無様で払い戻しになってもいい。来てくれた人に楽しんで帰ってもらいたい」

「矛盾したこと言うなあ。どうなっても知らないよ」
 言いながら、雄造はすでに手を動かしている。
 律華が渡したペンチでささっと切って、作業をしていく。

 律華はあらましを奏鳴に説明した。蕾羅に脅されたこと、閉じ込められたことなど。
 その間に、修理は終わった。
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