国宝級オルガニストは初恋の彼女に甘く口づける
「公演が失敗したとき、僕が直したって言わないでよ」
「大々的に言うから大丈夫」
 軽口を叩いて、それから付け足す。

「ほんと、ありがとう。音を出してみて、ダメならやめるから」
「君の耳を信じるしかないかな」
 雄造は苦笑した。



 律華はスタッフによって別室に連れて行かれた。
 奏鳴が用意した衣装に着替えさせられる。
 結婚式の披露宴にお呼ばれしたような薄い緑のワンピースだった。
 そのまま一般の客席とは違う場所に誘導される。
 どこへ、と思ったらまさかの二階のVIP席だった。

「席、間違ってませんか」
 スマホの電子チケットを見せると、スタッフはにっこりと笑顔を見せた。
「こちらで合ってますよ。ごゆっくりお楽しみください」

 六畳ほどのVIP席に、自分一人だけだった。返って落ち着かない。
 赤い絨毯の上のゆったりしたソファに、体を固くして座る。

 奏鳴が会場に現れた。いくつかの鍵盤を押し、試奏もする。
 律華は緊張してその様子を見守った。会場も静かに見守っている。

 鍵盤から手を離すと、奏鳴は顔を上げた。
 律華と目が合うと、彼はにこっと笑った。
 彼は無言で下がり、開演の案内が放送された。当初の予定より30分も押していた。
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