国宝級オルガニストは初恋の彼女に甘く口づける
奏鳴はトラブルがなにもなかったかのように見事にオルガンを弾いた。
音は前回に聞いたときに劣らず荘厳だった。奏鳴が緊張しているのだろうか、音がやや張りつめていた。それが完成度を高めているように思えた。
いつまでも聞いていたい。
律華はうっとりとため息をついた。
心地よく音に酔っているのに、どうしても公演は終了を迎えてしまう。
彼の演奏終了直後、スタッフが律華を呼びにきた。
下がった彼を追うように、アンコールの拍手が響いた。
私もアンコールを聞きたいのに。
そう思っていると、なぜか舞台のそでに連れて行かれた。
と、奏鳴が横を通り過ぎて行き、オルガンにまた座った。
弾き始めたのは『聖者の行進』のセカンドラインだった。
あのときの!
律華の胸がはずんだ。思い出の曲を奏でてくれることに、目頭が熱くなった。
アレンジの加わった陽気なリズムに、思わず体が同じリズムを刻む。
曲が終わると、奏鳴は立ち上がった。アンコールは一曲で終了のようだ。
拍手の雨の中、奏鳴はステージの中央に降りた。
スタッフがマイクを持っていき、奏鳴に渡す。
「今日はトラブルがありまして、開演が遅れて申し訳ありません」
彼が頭を下げると、会場からはまた拍手が起きた。大丈夫だよ、という合図のようで、律華の胸に温かいものが広がる。