国宝級オルガニストは初恋の彼女に甘く口づける
「最後に演奏したのは大切な人との思い出の曲です。ドイツ留学前、不安になっていたとき、彼女と出会いました。彼女が手放しでほめてくれたから、自信を持って出発できました。今日、その大切な人が聴きに来てくれています。律華さん、来てください」
 会場から、わあっと歓声が沸いた。
 律華は唖然とした。

「ステージへお願いします」
 戸惑う律華を、スタッフが促す。
「でも……」
「お客様をお待たせしてしまいます」
 言われて、しぶしぶ歩き出す。

 こんな大観衆の前に出ることになるなんて、思いもしなかった。
 着替えさせてもらえて良かった、と思ってから、このために着替えを? と疑う。

「紹介します。私の大切な恋人、律華さんです」
 拍手と歓声とともに、女性の悲鳴のような声が上がった。

 なんでここで言うの!?
 律華は混乱した。事前に打ち合わせなんてなかった。

 スタッフがすすっと歩み寄り、奏鳴に花束を渡し、マイクを受け取った。
 律華はおろおろと目線を動かす。
 観客はなにが起きるのかと固唾をのんで見守っている。
 視線が突き刺さる、という体験を律華は初めてした。
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