国宝級オルガニストは初恋の彼女に甘く口づける
「社員を守らない会社に尽くすほど愚かではありません」
 律華は毅然と言い、席を立った。
「そんな!」
「待ってくれよ!」
 課長と営業部長の慌てたような声が響く。

「退職を引き留めるのは違法です。退職するように圧力をかけたのはパワハラです。労基に行きましょうか」
 振り返った律華が言うと、二人はぐっと押し黙った。
 律華は軽蔑の目を向けたあと、一人、会議室を出た。



 仕事を終えた律華がビルを出ると、車に乗った奏鳴が待っていてくれた。
 律華を見ると奏鳴は車を降りた。通りすがりの女性が振り返って彼を見る。
「お待たせ」
 律華を見るなり、彼は言った。

「だから、それは私のセリフ」
 言われた奏鳴はふふっと笑う。
「この前は言う暇なかったけど、茶色の髪もかわいいね」
「ありがとう」
 律華は照れてうつむいた。

 奏鳴の運転で、彼のマンションに連れて行かれる。
 部屋に着くと、すでにおいしそうな料理が用意されていた。

 ホワイトアスパラ(シュパーゲル)のサラダに、ジャガイモスープ(カルトッフェル・ズッペ)、ソーセージの盛り合わせにドイツパン、メインの西ドイツ風イエーガーシュニッツェルは、きのこのソースをかけた豚肉のカツレツだ。南ドイツのショートパスタ、シュペッツェレには牛肉のドイツ風シチュー、グラーシュがかけられていた。
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