国宝級オルガニストは初恋の彼女に甘く口づける
 裁判なんて遠い世界のように思っていたから、心が落ち着かない。
「社長は退任になって、ムトウ製菓は株価が急落したのよね」
「同情なんて必要ないからね。悪事が露見しただけ。君をストーカーに仕立て上げたのもあの女だった。俺は許せそうにない」
 自分だって許せそうにない。だけど。

「奏鳴さんは……大丈夫?」
「なにが?」

「ホールの契約、切られたりしない? ムトウミューズホールって、ムトウ製菓の経営でしょ?」
「違うよ。市のホールだから。ネーミングライツでムトウってついてるけど」

「そうなの!?」
「だから脅されたときに言うことを聞いたのか」
 なんだか恥ずかしくなって、うつむいた。

「やばい、今すぐ抱きしめたい」
 言いながら、もう抱きしめている。
「俺を守ろうとしてくれたんだよね。すごくうれしい。キスしていい?」
 聞いておきながら、彼は返事をまたず唇を重ねた。

 会えなかった時間を埋めるように、奏鳴のキスは律華を翻弄した。
 唇が離れた律華は、甘えるように奏鳴に首をもたせかけた。

「奏鳴さんはずるい」
「なにが?」
 余韻のように律華の耳にキスをして、奏鳴はきき返す。吐息がかかってくすぐったかった。
「あんなふうにプロポーズされたら、断れないじゃない」
< 62 / 63 >

この作品をシェア

pagetop