国宝級オルガニストは初恋の彼女に甘く口づける
「パイプに風を通して音を出すんだ。今は電気だけど、昔は何人もの専門の職人がふいごを使って空気を送っていたんだよ」
「触ってもいいの?」
「いいよ」
 鍵盤の一つを押すと、ぶおー! と大きな音がして驚いた。同時にいくつもの鍵盤が動いたことにも驚いた。

「壊れてるの?」
「違うよ」
 彼はくすくすと笑った。

「座って。なにを弾く?」
「うーん……」
 席に座り、律華はうなる。
 最近友達から教えてもらった曲にした。音楽室のピアノでちょっとだけ弾いてみたことがあったから。

 片手だけで『聖者の行進』を引く。メロディラインをなんとか追い掛ける程度で、指使いはでたらめだ。
 ピアノよりもやわらかい音だった。なのに圧があって、肌の奥まで浸透するかのようだ。

 彼は隣に座って伴奏を始めた。
 たどたどしい行進が、急に華やかなパレードになった。
 演奏が終わるころには、律華はすっかり興奮していた。

「すごい、こんなふうになるの!」
「君が上手だからだよ」
 言われて、恥ずかしくなった。自分よりはるかに上手い人にそんなことを言われても。
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