学園王宮シークレット ~キングとナイトの溺愛戦~
1.唯一無二の幼なじみ、しーちゃん
桜がひらひらと舞う、お天気のいい春休み最後の日。
明日から通う、私立秀麗学園の真新しいブレザーの制服を着て。
私、宮芹七、中学2年生は、待ち合わせの時計台に向かって走っていた。
校門をくぐった少し先に、同じ制服を着た1つ上の幼なじみ、天海紫己くんの後ろ姿を見つける。
アッシュゴールドのサラサラの髪がきれいな、スラッと背の高い男の子。
ただ立ってるだけで存在感バツグンだから、遠くからでも絶対に見間違えたりしない。
あ~良かった!
生徒会のお手伝いがあるって言ってたけど、ちゃんと抜けて来てくれたみたい。
私はホッと息をついて、大きく両手をふり上げた。
「しーちゃん、お待たせ~」
しーちゃんはすぐに気づいて、体ごと振り返ってくれたんだけど……。
んん?
美人さん達と一緒!?
1人のはずなのに、なんで!?
予想外のことにびっくりして、私の足は急停止!
目の前にあった木の影に、思わずしゃがみ込んでしまった。
たぶん私の背中、まる見えだと思うんだけど……。
「ねえ、紫己くん。これから一緒にカラオケとか行かない?」
「ゴメンね、無理。それじゃ」
女の子からの誘いを、しーちゃんが短い言葉で断ったのが聞こえる。
そして地面をける音がして、気づいたら私の前で仁王立ちしていた。
「セリ、どうして隠れてるの? ほら、立って」
やっぱり、バレてた?
でもダメ、今出ていく勇気はないよ。
だってまだ美人さん達が、すぐ後ろにいる……。
差し出された手をつかみ返すことができなくて、私はただブンブンと激しく首を横にふる。
「さ……先に行ってて」
「どこに? 校内を案内して欲しいんでしょ?」
そうなんだけど。
お願いだから、空気を読んで~。
「だってこのタイミングで、私と一緒のとこなんか見られたら。ほら……また前みたいに、カノジョじゃない? なんて、噂されちゃうよ?」
自分がどれだけモテるのか、熱狂的なファンが多いのか。
自己分析してみて欲しい。
私はしーちゃんのことをまじまじと見上げる。
とにかく、ビジュが良すぎて辛い。
小さい顔に、羨ましいほど白く毛穴レスな肌。
そこに青みがかったハッキリした目と、シュッと高い鼻、品のある薄い唇が、完璧なバランスで配置されている。
みんなと同じ制服を着ていても、アクセサリーなんかつけなくても、周囲の視線をひとり占めしちゃうイケメン。
しーちゃんの隣にいるだけで、私まで目立ってしょうがないの。
「別に、僕は気にしないけど」
涼しいカオでしれっと答えるしーちゃん。
「うぅ……私は気になるから。ね?」
顔の前で手を合わせて、お願いのポーズをしてみる。
同じ学校にきたら、しーちゃん絡みで知らない人から声をかけられたり、陰口言われるのなんかは覚悟してた。
でもそれは今じゃない、って。
まだ転入前だもん。女の先輩に目をつけられるのだけは、出来るだけ避けたい。
「あー、ハイハイ」
しーちゃんは面倒くさいなって表情をした後、なぜか着ていたブレザーをゆっくり脱いだ。
そしてそれを私の頭からバサリとかぶせる。
「ちょっとぉ、なに? 前が見えないよ……」
強引に腕を引っぱられて、私はよろよろと歩いた。
「ほら。でもこれなら、セリだって分からないでしょ?」
た、たしかに……。
大きい上着にすっぽり隠されて、身バレすることはなさそう。
でも足元しか見えないし、しーちゃんにしがみつかないと歩けないし。
これじゃ、かえって悪目立ちじゃない!?
そんな不安な気持ちの私をよそに、しーちゃんが笑いを抑えたような声でつぶやく。
「……ぷっ。ダンゴムシみたい」
えー、自分でやっといてその言い方……。
相変わらず、イジワルなんだから。
*★*
「ここがラウンジ、あっちが学食。教室以外でよく使うのはこの1号館かな」
しーちゃんに校内をぐるっと案内してもらう。
休み中ってこともあって生徒がほとんどいないから、思う存分、見学を楽しんだ。
さすが私立の有名校だなぁ。
人気建築家がデザインしたっていう校舎は天井が高くて、窓やドアにもさりげなく装飾があって。
まるで中世ヨーロッパのお城にいるみたい。
秀麗学園中等科。
文武両道、競い合って高め合うことがモットーの、私の新しい学校。
「あ~! テストも面接も頑張って良かった~!」
編入試験を見事クリアーし、たった1人の募集枠を勝ちとった。
うん、すごい達成感。
「まあね。今回は本当、よくやったと思うよ」
しーちゃんは口角を上げながら、私の頭を優しくポンポンとたたく。
「でも油断しないようにね。自由な分、自主勉が必要な学校だから」
「うん、そこはしーちゃん頼みで!」
「登校時間も前より早くなるよ。朝ちゃんと起きれんの?」
「大丈夫。しーちゃんがスマホ鳴らしてくれれば!」
「……まあ。秀麗に来ればってすすめた手前、僕もできるだけ面倒はみるけどさ」
何だかんだ言いながらも、私を甘やかしてくれるしーちゃん。
うん、頼りにしてます。
無理してでも、この学校を受けようって決めた理由。
行事が派手で楽しそうとか、将来の選択肢が多いからとか。お父さんに薦められたとか、まあ色々あるんだけど。
しーちゃんと同じ学校に通いたいっていうのが、一番のモチベーションになったんだ。
でも、しーちゃんに頼ってばかりじゃないよ。
私だって役に立つんだから!
「しーちゃん、右手を出して」
「ん?」
しーちゃんは不思議そうなカオで、こっちに腕を伸ばす。
たしかさっき……このへんで、血がにじんでるのを見かけたんだよね。
私は手の平をひっくり返し、傷口を探した。
「あー、やっぱり怪我してる! これ、カッターかなんかで切ったでしょ?」
人差し指に、1センチ程のざっくりとした傷。
見かけは小さいけど、けっこう深そうだ。
「ああ。さっきちょっとね。でも大した事ないよ」
「ダメ! 刺し傷はね、ほっとくといつまでも痛いんだから!」
私はブレザーのポケットから、いつもの救急ポーチをとりだした。
軟膏をたっぷりぬって、小さく切ったガーゼを当て、指用の包帯でしっかりカバーをする。
「はい、できた。なるべく水に濡らさないようにね」
「さすが、セリ。いつもながらに手際がいい」
しーちゃんは感心したように、白い指をブラブラさせた。
看護師のお母さん直伝だからね。
ほら私だって、頼りになるでしょ?
「ありがとう。まあちょっと、大袈裟な気もするけど」
「イイんだよ、それくらいで」
「でもどうして、僕が怪我してるって分かったの?」
「だってさっき木のところで、私に左手を差し出したでしょ?」
「ん?」
「いつも私の利き手に合わせて右手を出してくれるのに、おかしいなぁって」
「……それだけで?」
「うん、それだけ」
私が当然のように答えると、しーちゃんはふわっと顔をほころばせる。
「ふ~ん。これはちょっと、ご褒美をあげたくなるかも」
「え? 何をくれるの?」
「秀麗入学のお祝いもかねて、リクエストある?」
「やった~! じゃあいつもの――」
そう言いかけると、しーちゃんは先回りして、私の言葉の続きを口にする。
「リオンの焼き菓子ボックスでいい? 苺のクッキーが入ってるやつ」
「うん、うん! それ!」
駅前にあるオシャレな洋菓子店のギフトセット。
金色で縁どった紫色のカワイイ缶に、香ばしいクッキーやフィナンシェが詰められている。
昔から私へのプレゼントといえば、何も聞かれなくたってそれなんだ。
「ふふっ。しーちゃん大好き♡」
さすが唯一無二の幼なじみ。よく分かってる!
口いっぱいに広がるバターの味を想像して、思わずにやける私。
それを横目に、しーちゃんは何だか呆れ顔。
「『好き』なんて、気軽に言ってくれちゃって……。相変わらず、花より団子なんだから」
ぼそっと呟いて、そんなふうに子供あつかいした。
*★*
「セリちゃん、久しぶり! ようこそ秀麗へ」
最後に案内されたのは生徒会室。
迎えてくれたのはしーちゃんの親友、御幸蓮くん。
私をエスコートするように室内に招き入れて、パイプ椅子に座らせてくれた。
センター分けの黒髪が爽やかで、ネイビーフレームの眼鏡がやたらインテリジェンスな大人っぽいイケメン。
しーちゃんがキレイ系なら、彼は知的系かな。
親しみやすさと近寄りがたい空気の両方をまとっているところは、しーちゃんと似ている気がする。
カッコイイ人って、みんなこんな感じ?
「御幸くん……じゃなくて。御幸先輩が、ここの生徒会長なんて安心しました。これからよろしくお願いします」
1年ぶりに会ったから、ちょっとだけ緊張。
そんな私を、彼は懐かしそうに見る。
「何でも聞いて。紫己よりもこの学校には詳しいはずだから」
「ありがとうございます」
「あーあと、みゆきくんに戻してくんない? セリちゃんから先輩呼びとか、何かむず痒い。敬語も必要ないし」
「……いいの? 良かった~! 私もそっちの方が楽ちん――じゃなくて。うれしい」
あ、一瞬だけ本音がもれちゃった。でもセーフだよね?
ニッと口を横に広げて、照れ隠しで笑う。
「ハハッ!」
御幸くんは面白いものでも見たような、高い声をあげた。
「変わってないな~、セリちゃん。まん丸の目とか、クルクル変わる表情とか。そういう可愛いところ」
ん? これは小学生の時から、成長してないって言われてるんじゃ……。
「でも髪はずいぶん伸びた? アプリコットのゆるふわヘアーっていいな。セリちゃんの甘い雰囲気によく似合ってる」
御幸くんは向かいの席から少し身をのりだし、こっちに手を伸ばしてくる。
そしてハーフツインテールに結った私の毛先を、クルンと指で弄んだ。
「う~ん、昔から何かに似てるとは思ってたけど。……今、分かった」
「なに?」
「うちのトイプードルだわ」
トイ・プードル?? って、犬だよね。
うん、可愛いと思うし好きだけど。それって褒められてるのかな?
ありがとうって答えるのもどうかと思って、黙って顔を見つめる。
「っ……」
御幸くんが小さく息をのんだ音がした。
その瞬間、しーちゃんが彼の手を退けるように、パチンと軽く中指で弾く。
「御幸。その手、いつまでやってんの?」
どこか尖ったしーちゃんの声。
御幸くんはヤバッって顔をして、私の髪からスルリと指を離した。
「あ~、忘れてた。紫己って普段はクールっつーか、何でも余裕でかわすくせに。セリちゃんの事になるとマジなんだよな」
そしてニヤリと片方の口角を上げる。
「まあ、こんだけ可愛いんじゃ心配だよな。ほっといたらヤバいぜ。すぐに悪い虫が何匹もたかりそう」
「御幸に言われなくたって分かってるよ。そうなる前に、虫除けガンガン撒くつもりだし」
御幸くんの言葉に、しーちゃんは不機嫌そうに返事をした。
んん? これってケンカじゃないよね? 2人って仲イイんだよね?
それに何で急に、虫退治の話になってるの?
「ところでセリちゃん、クラスどこ?」
困惑ぎみの私に気づいてか、御幸くんが話題を変えてくれた。
「えっと、2年A組だったかな」
「ラッキー。紫己も俺も3ーAだから、縦割り一緒じゃん」
「たてわり?」
「そう。秀麗って学年をまたいで、同じクラスごとに団結するイベントが多いんだよ」
うわ~、みんな一緒なんてすごく楽しみ♡
そうとう盛り上がるんだろうなぁ。
「まずは5月の体育祭だな。どんな競技を増やそうか、さっき紫己とも話してて」
御幸くんはそこまで説明して、思い出したようにポンッと机に手の平をうちつける。
「ああ、そっか。今回の『クイーン』、セリちゃんがぴったりなんじゃね?」
「クイーンって?」
「簡単に言うと、イベントの勝者にメダルをかける女の子。毎回、俺たちが指名させてもらうんだけど――」
「御幸、ちょっと黙って。その情報、わざわざ伝えなくていいから」
せっかく教えてくれているのに、なぜか途中で、しーちゃんがぴしゃりと跳ねつける。
「セリにはそんなの、絶対にやらせないし」
しーちゃんの言葉に、御幸くんは苦笑いした。
「ったく。どんだけ独占欲がつえーんだよ。……ってことで、セリちゃん。その話はまた今度」
うん……ううん?
何だかさっきから、私だけ置いてきぼりだなぁ。
でも明日から私も秀麗生。
2人から色んなことを教わって、楽しい学校生活を一緒に送れたら最高だよね。
そう、思ってたんだ。
この学園王宮の、『キング』と『ナイト』の存在を知るまでは。
明日から通う、私立秀麗学園の真新しいブレザーの制服を着て。
私、宮芹七、中学2年生は、待ち合わせの時計台に向かって走っていた。
校門をくぐった少し先に、同じ制服を着た1つ上の幼なじみ、天海紫己くんの後ろ姿を見つける。
アッシュゴールドのサラサラの髪がきれいな、スラッと背の高い男の子。
ただ立ってるだけで存在感バツグンだから、遠くからでも絶対に見間違えたりしない。
あ~良かった!
生徒会のお手伝いがあるって言ってたけど、ちゃんと抜けて来てくれたみたい。
私はホッと息をついて、大きく両手をふり上げた。
「しーちゃん、お待たせ~」
しーちゃんはすぐに気づいて、体ごと振り返ってくれたんだけど……。
んん?
美人さん達と一緒!?
1人のはずなのに、なんで!?
予想外のことにびっくりして、私の足は急停止!
目の前にあった木の影に、思わずしゃがみ込んでしまった。
たぶん私の背中、まる見えだと思うんだけど……。
「ねえ、紫己くん。これから一緒にカラオケとか行かない?」
「ゴメンね、無理。それじゃ」
女の子からの誘いを、しーちゃんが短い言葉で断ったのが聞こえる。
そして地面をける音がして、気づいたら私の前で仁王立ちしていた。
「セリ、どうして隠れてるの? ほら、立って」
やっぱり、バレてた?
でもダメ、今出ていく勇気はないよ。
だってまだ美人さん達が、すぐ後ろにいる……。
差し出された手をつかみ返すことができなくて、私はただブンブンと激しく首を横にふる。
「さ……先に行ってて」
「どこに? 校内を案内して欲しいんでしょ?」
そうなんだけど。
お願いだから、空気を読んで~。
「だってこのタイミングで、私と一緒のとこなんか見られたら。ほら……また前みたいに、カノジョじゃない? なんて、噂されちゃうよ?」
自分がどれだけモテるのか、熱狂的なファンが多いのか。
自己分析してみて欲しい。
私はしーちゃんのことをまじまじと見上げる。
とにかく、ビジュが良すぎて辛い。
小さい顔に、羨ましいほど白く毛穴レスな肌。
そこに青みがかったハッキリした目と、シュッと高い鼻、品のある薄い唇が、完璧なバランスで配置されている。
みんなと同じ制服を着ていても、アクセサリーなんかつけなくても、周囲の視線をひとり占めしちゃうイケメン。
しーちゃんの隣にいるだけで、私まで目立ってしょうがないの。
「別に、僕は気にしないけど」
涼しいカオでしれっと答えるしーちゃん。
「うぅ……私は気になるから。ね?」
顔の前で手を合わせて、お願いのポーズをしてみる。
同じ学校にきたら、しーちゃん絡みで知らない人から声をかけられたり、陰口言われるのなんかは覚悟してた。
でもそれは今じゃない、って。
まだ転入前だもん。女の先輩に目をつけられるのだけは、出来るだけ避けたい。
「あー、ハイハイ」
しーちゃんは面倒くさいなって表情をした後、なぜか着ていたブレザーをゆっくり脱いだ。
そしてそれを私の頭からバサリとかぶせる。
「ちょっとぉ、なに? 前が見えないよ……」
強引に腕を引っぱられて、私はよろよろと歩いた。
「ほら。でもこれなら、セリだって分からないでしょ?」
た、たしかに……。
大きい上着にすっぽり隠されて、身バレすることはなさそう。
でも足元しか見えないし、しーちゃんにしがみつかないと歩けないし。
これじゃ、かえって悪目立ちじゃない!?
そんな不安な気持ちの私をよそに、しーちゃんが笑いを抑えたような声でつぶやく。
「……ぷっ。ダンゴムシみたい」
えー、自分でやっといてその言い方……。
相変わらず、イジワルなんだから。
*★*
「ここがラウンジ、あっちが学食。教室以外でよく使うのはこの1号館かな」
しーちゃんに校内をぐるっと案内してもらう。
休み中ってこともあって生徒がほとんどいないから、思う存分、見学を楽しんだ。
さすが私立の有名校だなぁ。
人気建築家がデザインしたっていう校舎は天井が高くて、窓やドアにもさりげなく装飾があって。
まるで中世ヨーロッパのお城にいるみたい。
秀麗学園中等科。
文武両道、競い合って高め合うことがモットーの、私の新しい学校。
「あ~! テストも面接も頑張って良かった~!」
編入試験を見事クリアーし、たった1人の募集枠を勝ちとった。
うん、すごい達成感。
「まあね。今回は本当、よくやったと思うよ」
しーちゃんは口角を上げながら、私の頭を優しくポンポンとたたく。
「でも油断しないようにね。自由な分、自主勉が必要な学校だから」
「うん、そこはしーちゃん頼みで!」
「登校時間も前より早くなるよ。朝ちゃんと起きれんの?」
「大丈夫。しーちゃんがスマホ鳴らしてくれれば!」
「……まあ。秀麗に来ればってすすめた手前、僕もできるだけ面倒はみるけどさ」
何だかんだ言いながらも、私を甘やかしてくれるしーちゃん。
うん、頼りにしてます。
無理してでも、この学校を受けようって決めた理由。
行事が派手で楽しそうとか、将来の選択肢が多いからとか。お父さんに薦められたとか、まあ色々あるんだけど。
しーちゃんと同じ学校に通いたいっていうのが、一番のモチベーションになったんだ。
でも、しーちゃんに頼ってばかりじゃないよ。
私だって役に立つんだから!
「しーちゃん、右手を出して」
「ん?」
しーちゃんは不思議そうなカオで、こっちに腕を伸ばす。
たしかさっき……このへんで、血がにじんでるのを見かけたんだよね。
私は手の平をひっくり返し、傷口を探した。
「あー、やっぱり怪我してる! これ、カッターかなんかで切ったでしょ?」
人差し指に、1センチ程のざっくりとした傷。
見かけは小さいけど、けっこう深そうだ。
「ああ。さっきちょっとね。でも大した事ないよ」
「ダメ! 刺し傷はね、ほっとくといつまでも痛いんだから!」
私はブレザーのポケットから、いつもの救急ポーチをとりだした。
軟膏をたっぷりぬって、小さく切ったガーゼを当て、指用の包帯でしっかりカバーをする。
「はい、できた。なるべく水に濡らさないようにね」
「さすが、セリ。いつもながらに手際がいい」
しーちゃんは感心したように、白い指をブラブラさせた。
看護師のお母さん直伝だからね。
ほら私だって、頼りになるでしょ?
「ありがとう。まあちょっと、大袈裟な気もするけど」
「イイんだよ、それくらいで」
「でもどうして、僕が怪我してるって分かったの?」
「だってさっき木のところで、私に左手を差し出したでしょ?」
「ん?」
「いつも私の利き手に合わせて右手を出してくれるのに、おかしいなぁって」
「……それだけで?」
「うん、それだけ」
私が当然のように答えると、しーちゃんはふわっと顔をほころばせる。
「ふ~ん。これはちょっと、ご褒美をあげたくなるかも」
「え? 何をくれるの?」
「秀麗入学のお祝いもかねて、リクエストある?」
「やった~! じゃあいつもの――」
そう言いかけると、しーちゃんは先回りして、私の言葉の続きを口にする。
「リオンの焼き菓子ボックスでいい? 苺のクッキーが入ってるやつ」
「うん、うん! それ!」
駅前にあるオシャレな洋菓子店のギフトセット。
金色で縁どった紫色のカワイイ缶に、香ばしいクッキーやフィナンシェが詰められている。
昔から私へのプレゼントといえば、何も聞かれなくたってそれなんだ。
「ふふっ。しーちゃん大好き♡」
さすが唯一無二の幼なじみ。よく分かってる!
口いっぱいに広がるバターの味を想像して、思わずにやける私。
それを横目に、しーちゃんは何だか呆れ顔。
「『好き』なんて、気軽に言ってくれちゃって……。相変わらず、花より団子なんだから」
ぼそっと呟いて、そんなふうに子供あつかいした。
*★*
「セリちゃん、久しぶり! ようこそ秀麗へ」
最後に案内されたのは生徒会室。
迎えてくれたのはしーちゃんの親友、御幸蓮くん。
私をエスコートするように室内に招き入れて、パイプ椅子に座らせてくれた。
センター分けの黒髪が爽やかで、ネイビーフレームの眼鏡がやたらインテリジェンスな大人っぽいイケメン。
しーちゃんがキレイ系なら、彼は知的系かな。
親しみやすさと近寄りがたい空気の両方をまとっているところは、しーちゃんと似ている気がする。
カッコイイ人って、みんなこんな感じ?
「御幸くん……じゃなくて。御幸先輩が、ここの生徒会長なんて安心しました。これからよろしくお願いします」
1年ぶりに会ったから、ちょっとだけ緊張。
そんな私を、彼は懐かしそうに見る。
「何でも聞いて。紫己よりもこの学校には詳しいはずだから」
「ありがとうございます」
「あーあと、みゆきくんに戻してくんない? セリちゃんから先輩呼びとか、何かむず痒い。敬語も必要ないし」
「……いいの? 良かった~! 私もそっちの方が楽ちん――じゃなくて。うれしい」
あ、一瞬だけ本音がもれちゃった。でもセーフだよね?
ニッと口を横に広げて、照れ隠しで笑う。
「ハハッ!」
御幸くんは面白いものでも見たような、高い声をあげた。
「変わってないな~、セリちゃん。まん丸の目とか、クルクル変わる表情とか。そういう可愛いところ」
ん? これは小学生の時から、成長してないって言われてるんじゃ……。
「でも髪はずいぶん伸びた? アプリコットのゆるふわヘアーっていいな。セリちゃんの甘い雰囲気によく似合ってる」
御幸くんは向かいの席から少し身をのりだし、こっちに手を伸ばしてくる。
そしてハーフツインテールに結った私の毛先を、クルンと指で弄んだ。
「う~ん、昔から何かに似てるとは思ってたけど。……今、分かった」
「なに?」
「うちのトイプードルだわ」
トイ・プードル?? って、犬だよね。
うん、可愛いと思うし好きだけど。それって褒められてるのかな?
ありがとうって答えるのもどうかと思って、黙って顔を見つめる。
「っ……」
御幸くんが小さく息をのんだ音がした。
その瞬間、しーちゃんが彼の手を退けるように、パチンと軽く中指で弾く。
「御幸。その手、いつまでやってんの?」
どこか尖ったしーちゃんの声。
御幸くんはヤバッって顔をして、私の髪からスルリと指を離した。
「あ~、忘れてた。紫己って普段はクールっつーか、何でも余裕でかわすくせに。セリちゃんの事になるとマジなんだよな」
そしてニヤリと片方の口角を上げる。
「まあ、こんだけ可愛いんじゃ心配だよな。ほっといたらヤバいぜ。すぐに悪い虫が何匹もたかりそう」
「御幸に言われなくたって分かってるよ。そうなる前に、虫除けガンガン撒くつもりだし」
御幸くんの言葉に、しーちゃんは不機嫌そうに返事をした。
んん? これってケンカじゃないよね? 2人って仲イイんだよね?
それに何で急に、虫退治の話になってるの?
「ところでセリちゃん、クラスどこ?」
困惑ぎみの私に気づいてか、御幸くんが話題を変えてくれた。
「えっと、2年A組だったかな」
「ラッキー。紫己も俺も3ーAだから、縦割り一緒じゃん」
「たてわり?」
「そう。秀麗って学年をまたいで、同じクラスごとに団結するイベントが多いんだよ」
うわ~、みんな一緒なんてすごく楽しみ♡
そうとう盛り上がるんだろうなぁ。
「まずは5月の体育祭だな。どんな競技を増やそうか、さっき紫己とも話してて」
御幸くんはそこまで説明して、思い出したようにポンッと机に手の平をうちつける。
「ああ、そっか。今回の『クイーン』、セリちゃんがぴったりなんじゃね?」
「クイーンって?」
「簡単に言うと、イベントの勝者にメダルをかける女の子。毎回、俺たちが指名させてもらうんだけど――」
「御幸、ちょっと黙って。その情報、わざわざ伝えなくていいから」
せっかく教えてくれているのに、なぜか途中で、しーちゃんがぴしゃりと跳ねつける。
「セリにはそんなの、絶対にやらせないし」
しーちゃんの言葉に、御幸くんは苦笑いした。
「ったく。どんだけ独占欲がつえーんだよ。……ってことで、セリちゃん。その話はまた今度」
うん……ううん?
何だかさっきから、私だけ置いてきぼりだなぁ。
でも明日から私も秀麗生。
2人から色んなことを教わって、楽しい学校生活を一緒に送れたら最高だよね。
そう、思ってたんだ。
この学園王宮の、『キング』と『ナイト』の存在を知るまでは。
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