学園王宮シークレット ~キングとナイトの溺愛戦~
10.雨のいたずら
体育祭が週末にせまった月曜日の朝。
どこかすっきりしない灰色の空を見上げていると、しーちゃんがいつものように家の前まで迎えにきてくれた。
「おはよう、セリ。傘は持ってきた? 夕方から雨みたいだけど」
「そうなの? じゃ、ちょっと待ってて」
回れ右をして、もう一度家に戻ろうとすると――。
「ほら、芹七。これ持っていきなさい!」
ドアがタイミングよく開いて、お母さんが傘を差しだしてくれた。
ありがとうって受けとるや否や、お母さんは奥にいたしーちゃんに声をかける。
「おはよう、しーちゃん。じゃあ、今夜はよろしくね」
「はい。了解です」
ん? 何だろう、今夜って。
歩き始めたしーちゃんの袖をひっぱって、「何かあるの?」って聞いてみた。
「セリさ、最近1人だと、夕飯も食べずに寝ちゃうんだって?」
ギクッ。何でそんなこと知ってるのかなぁ。
「セリのお母さんから昨日メッセージ来て、心配してたよ。今日も夜勤だから一緒に食べて欲しいって」
「そうなんだ。最近ちょっと、食欲がなくて」
「体調悪いの? それともオヤツの食べ過ぎ?」
「う……どっちも違うけどぉ」
「とりあえず、今夜は僕が家に行くから。ちゃんと食べるように、和風ハンバーグ」
「はぁ~い」
うちの夕ご飯のメニュー、私よりもよく知ってるなぁ。
感心しながら顔を見上げると、しーちゃんはニコッと笑んで、頭をポンポンと撫でてくれた。
好きだなぁ、この優しい手。
でも通学路を10分ほど進んだところで、スッと私から距離を置いた。
「じゃあ、ここで。放課後は早く帰ってくるようにね」
しーちゃんは横断歩道をわたって、裏道に消えていく。
あの日――しーちゃんが私に『ただのファン』として接した日から。
学校では徹底的に、他人のふりをしてくれている。
朝も帰りも、秀麗の生徒とすれ違う場所は一緒に歩かない。
学校でもただの先輩と後輩で、体育祭の準備で集まった時には挨拶をするていど。
だから女子の先輩に陰口を言われることもなくなった。
穏やかな理想の学校生活。
これは私がしーちゃんに求めたことで、望んでいた結果なんだけど。
今更ながらにすごく寂しくて、毎日がなんだか味気ないの。
それが原因で、私はご飯が食べられなくなっているんだ。
☆★☆
2年A組の教室に入るとすぐに、すばる先輩が上機嫌で私のもとにやってきた。
「芹七ちゃん、おっはよ~。ねーねー【OQu】確認した? ここんとこタップ数、めっちゃ増えてるんだよ」
やばい、最近パタパタもさぼってたかも。
体育祭の前にこれはいけないと思い直して、私はスマホのアプリをひらく。
「一時期、ファン離れが見えて心配してたんだけど」
「あ、そうでしたね」
私のせいで、取り消されちゃった時だ。
「でも3-Aのタイムライン、現在ダントツじゃないですか! すばる先輩が広報活動を頑張ってくれたおかげですね」
「うん、あと紫己もね」
「え?」
「珍しくファンサ用の写真にも協力的でさ。パタパタが増えたのは、それも大きいかも」
「そっ……そうなんですね」
うぅ……何かその情報、聞きたくなかったなぁ。
私がただのファンでしかない間、きっと誰かがしーちゃんの隣にいるんだよね。
また胸がモヤモヤしたものに覆われて、せっかくすばる先輩が嬉しそうにしているのに、私は作り笑いしかできなかった。
☆★☆
6時間授業のあと、放課後はクラスのみんなとリレーの練習をする予定だった。
でも午後から空はどんどん薄暗くなってきて、現在、バラバラと轟音をひびかせる大雨。
私たち2年A組は今日は帰宅! って決めて、電車通学の葵ちゃんたちと昇降口でバイバイする。
うわぁ、すごい大雨!
しーちゃんに言われて、傘を持ってきて良かったけど。
歩いても走っても、どのみちすごく濡れちゃいそうだな。
1歩を踏みだせず躊躇っていると、少し左に、黒崎先輩が同じようにたたずんでいるのが見えた。
腹立たしそうに黒い空を睨みつけながら、通学リュックで頭をおおうようなポーズをする。
もしかして、傘を持ってないんじゃないかな?
むりむり! このどしゃぶりで駅まで走ったら、教科書もノートもびしょびしょだよ!
周りを見ても、友達と一緒ってわけでもなさそうだし……。
「黒崎先輩、1人ですか?」
思い切って話しかけると、先輩はパッと表情を明るくした。
「おお、芹七。今帰りか?」
「はい、今日は自主練が中止になっちゃって」
「だよなー、オレんとこもだ。もうすぐ体育祭だってーのに、ツイてねぇ。っていうかそもそも、昼から雨なんて天気予報で言ってたかよ?」
黒崎先輩は恨めしそうな顔で、雨粒が激しくはねあがる足もとに目をやる。
やっぱり先輩、カサを忘れたみたい。私もこれ1本しかないけど……。
この前、女の先輩から助けてもらったお礼もかねて、え~い! 貸しちゃう!!
「先輩、はい! 良かったらこれ使って下さい」
私は思い切ってラベンダー色の折りたたみ傘を差し出す。
黒崎先輩は驚いた顔をして、手を顔の前で横にふった。
「いや、いいって! って言うか、お前はどーすんだよ」
「私は歩いて20分だしどうにかなりますよ。それか、誰かに入れてもらうので」
「誰かって……誰だよ?」
そう聞かれて、一番最初に頭に浮かんだのはしーちゃん。
きっとしーちゃんなら呆れた顔をしながらも、自分より私を気遣って傘を差しかけてくれるはず。
でも……。
そっか、ここはまだ学校だった。
ただのファンに、そんな特別なことはしてくれないよね。
う~ん、どうしよう。
少し考えこんでいると、黒崎先輩は「じゃあ、さ」と、私の手から傘をスルリと引き抜いた。
「オレが芹七を家まで送ってく。で、それから貸してもらうんでイイか?」
☆★☆
う~ん。何か申し訳ないことになったぞ。
自宅までの道を、黒崎先輩とおなじ傘に入って歩いている。
秀麗の最寄り駅とは反対方向の我が家。
先輩にとっては間違いなく遠まわりだし、時間だって倍はかかっちゃうんじゃないかなぁ。
貸すなんて言っちゃってゴメンナサイ!
そう心の中で謝っていたんだけど、どうやら黒崎先輩も同じ気持ちだったみたい。
「悪い。何かよけいなことして」
そうぽつりと呟いて、きまりが悪そうに傘を私の方にばかり傾ける。
せ、先輩……それじゃあすでに体半分が水浸しですよ?
すでに意味がないんじゃ……。
前髪から大粒のしずくが落ちる姿がおかしくて、私は声を出して笑ってしまった。
第一印象はガラが悪くて怖いだけの人だったのに。
今は黒崎先輩が『西のナイト』なんて呼ばれている理由が、よく分かる。
「もうこうなったら、雨は諦めません? ウチに着いたらタオルを貸すので」
私の言葉に肩の力が抜けたのか、黒崎先輩ははにかんだように笑った。
「芹七って案外タフだよな。見かけはふわふわで、温室育ちっぽいのに」
「あはっ。似たような事をこの前、すばる先輩にも言われました」
「早乙女か……」
「あと御幸くんには、犬っぽいとも言われますけど」
「……仲いいな。お前ら」
「そうですね。A組の先輩とはちょこちょこ交流があって」
私がそう答えると、黒崎先輩の表情が微かに曇る。
「じゃあ、天海は?」
「え?」
「芹七とアイツって、あれから2人で会ったりしてんの?」
黒崎先輩に真剣な声で質問されて、返事に困ってしまった。
聞かれているのはきっと、学校での私としーちゃんの関係だよね?
だから、イエスともノーとも上手く答えられない。
気まずい空気をまとったまま、気づいたら自宅前に到着。
リビングの窓からはオレンジ色の灯りがもれている。
良かった。お母さん、もう帰って来たんだ。
私は黒崎先輩を手招きした。
「風邪をひくと困るので、いったんウチに寄ってって下さい」
「いいのか?」
「はい! 乾燥機を回してる間に、オヤツでも食べましょう」
ガチャリと鍵を回して、飛びこむように玄関に入って――。
私はそこで初めて、とっても重要なことを思い出したんだ。
「セリ、お帰り」
そう。今日はしーちゃんと、夕飯の約束をしてたってこと。
「あ……天海!? 何でここに!?」
家で迎えてくれたしーちゃんは、学校で見せるいつものクールな顔。
反対に黒崎先輩は、今にもひっくり返るんじゃないかってくらい驚愕して、猫目を大きく見開いていた。
どこかすっきりしない灰色の空を見上げていると、しーちゃんがいつものように家の前まで迎えにきてくれた。
「おはよう、セリ。傘は持ってきた? 夕方から雨みたいだけど」
「そうなの? じゃ、ちょっと待ってて」
回れ右をして、もう一度家に戻ろうとすると――。
「ほら、芹七。これ持っていきなさい!」
ドアがタイミングよく開いて、お母さんが傘を差しだしてくれた。
ありがとうって受けとるや否や、お母さんは奥にいたしーちゃんに声をかける。
「おはよう、しーちゃん。じゃあ、今夜はよろしくね」
「はい。了解です」
ん? 何だろう、今夜って。
歩き始めたしーちゃんの袖をひっぱって、「何かあるの?」って聞いてみた。
「セリさ、最近1人だと、夕飯も食べずに寝ちゃうんだって?」
ギクッ。何でそんなこと知ってるのかなぁ。
「セリのお母さんから昨日メッセージ来て、心配してたよ。今日も夜勤だから一緒に食べて欲しいって」
「そうなんだ。最近ちょっと、食欲がなくて」
「体調悪いの? それともオヤツの食べ過ぎ?」
「う……どっちも違うけどぉ」
「とりあえず、今夜は僕が家に行くから。ちゃんと食べるように、和風ハンバーグ」
「はぁ~い」
うちの夕ご飯のメニュー、私よりもよく知ってるなぁ。
感心しながら顔を見上げると、しーちゃんはニコッと笑んで、頭をポンポンと撫でてくれた。
好きだなぁ、この優しい手。
でも通学路を10分ほど進んだところで、スッと私から距離を置いた。
「じゃあ、ここで。放課後は早く帰ってくるようにね」
しーちゃんは横断歩道をわたって、裏道に消えていく。
あの日――しーちゃんが私に『ただのファン』として接した日から。
学校では徹底的に、他人のふりをしてくれている。
朝も帰りも、秀麗の生徒とすれ違う場所は一緒に歩かない。
学校でもただの先輩と後輩で、体育祭の準備で集まった時には挨拶をするていど。
だから女子の先輩に陰口を言われることもなくなった。
穏やかな理想の学校生活。
これは私がしーちゃんに求めたことで、望んでいた結果なんだけど。
今更ながらにすごく寂しくて、毎日がなんだか味気ないの。
それが原因で、私はご飯が食べられなくなっているんだ。
☆★☆
2年A組の教室に入るとすぐに、すばる先輩が上機嫌で私のもとにやってきた。
「芹七ちゃん、おっはよ~。ねーねー【OQu】確認した? ここんとこタップ数、めっちゃ増えてるんだよ」
やばい、最近パタパタもさぼってたかも。
体育祭の前にこれはいけないと思い直して、私はスマホのアプリをひらく。
「一時期、ファン離れが見えて心配してたんだけど」
「あ、そうでしたね」
私のせいで、取り消されちゃった時だ。
「でも3-Aのタイムライン、現在ダントツじゃないですか! すばる先輩が広報活動を頑張ってくれたおかげですね」
「うん、あと紫己もね」
「え?」
「珍しくファンサ用の写真にも協力的でさ。パタパタが増えたのは、それも大きいかも」
「そっ……そうなんですね」
うぅ……何かその情報、聞きたくなかったなぁ。
私がただのファンでしかない間、きっと誰かがしーちゃんの隣にいるんだよね。
また胸がモヤモヤしたものに覆われて、せっかくすばる先輩が嬉しそうにしているのに、私は作り笑いしかできなかった。
☆★☆
6時間授業のあと、放課後はクラスのみんなとリレーの練習をする予定だった。
でも午後から空はどんどん薄暗くなってきて、現在、バラバラと轟音をひびかせる大雨。
私たち2年A組は今日は帰宅! って決めて、電車通学の葵ちゃんたちと昇降口でバイバイする。
うわぁ、すごい大雨!
しーちゃんに言われて、傘を持ってきて良かったけど。
歩いても走っても、どのみちすごく濡れちゃいそうだな。
1歩を踏みだせず躊躇っていると、少し左に、黒崎先輩が同じようにたたずんでいるのが見えた。
腹立たしそうに黒い空を睨みつけながら、通学リュックで頭をおおうようなポーズをする。
もしかして、傘を持ってないんじゃないかな?
むりむり! このどしゃぶりで駅まで走ったら、教科書もノートもびしょびしょだよ!
周りを見ても、友達と一緒ってわけでもなさそうだし……。
「黒崎先輩、1人ですか?」
思い切って話しかけると、先輩はパッと表情を明るくした。
「おお、芹七。今帰りか?」
「はい、今日は自主練が中止になっちゃって」
「だよなー、オレんとこもだ。もうすぐ体育祭だってーのに、ツイてねぇ。っていうかそもそも、昼から雨なんて天気予報で言ってたかよ?」
黒崎先輩は恨めしそうな顔で、雨粒が激しくはねあがる足もとに目をやる。
やっぱり先輩、カサを忘れたみたい。私もこれ1本しかないけど……。
この前、女の先輩から助けてもらったお礼もかねて、え~い! 貸しちゃう!!
「先輩、はい! 良かったらこれ使って下さい」
私は思い切ってラベンダー色の折りたたみ傘を差し出す。
黒崎先輩は驚いた顔をして、手を顔の前で横にふった。
「いや、いいって! って言うか、お前はどーすんだよ」
「私は歩いて20分だしどうにかなりますよ。それか、誰かに入れてもらうので」
「誰かって……誰だよ?」
そう聞かれて、一番最初に頭に浮かんだのはしーちゃん。
きっとしーちゃんなら呆れた顔をしながらも、自分より私を気遣って傘を差しかけてくれるはず。
でも……。
そっか、ここはまだ学校だった。
ただのファンに、そんな特別なことはしてくれないよね。
う~ん、どうしよう。
少し考えこんでいると、黒崎先輩は「じゃあ、さ」と、私の手から傘をスルリと引き抜いた。
「オレが芹七を家まで送ってく。で、それから貸してもらうんでイイか?」
☆★☆
う~ん。何か申し訳ないことになったぞ。
自宅までの道を、黒崎先輩とおなじ傘に入って歩いている。
秀麗の最寄り駅とは反対方向の我が家。
先輩にとっては間違いなく遠まわりだし、時間だって倍はかかっちゃうんじゃないかなぁ。
貸すなんて言っちゃってゴメンナサイ!
そう心の中で謝っていたんだけど、どうやら黒崎先輩も同じ気持ちだったみたい。
「悪い。何かよけいなことして」
そうぽつりと呟いて、きまりが悪そうに傘を私の方にばかり傾ける。
せ、先輩……それじゃあすでに体半分が水浸しですよ?
すでに意味がないんじゃ……。
前髪から大粒のしずくが落ちる姿がおかしくて、私は声を出して笑ってしまった。
第一印象はガラが悪くて怖いだけの人だったのに。
今は黒崎先輩が『西のナイト』なんて呼ばれている理由が、よく分かる。
「もうこうなったら、雨は諦めません? ウチに着いたらタオルを貸すので」
私の言葉に肩の力が抜けたのか、黒崎先輩ははにかんだように笑った。
「芹七って案外タフだよな。見かけはふわふわで、温室育ちっぽいのに」
「あはっ。似たような事をこの前、すばる先輩にも言われました」
「早乙女か……」
「あと御幸くんには、犬っぽいとも言われますけど」
「……仲いいな。お前ら」
「そうですね。A組の先輩とはちょこちょこ交流があって」
私がそう答えると、黒崎先輩の表情が微かに曇る。
「じゃあ、天海は?」
「え?」
「芹七とアイツって、あれから2人で会ったりしてんの?」
黒崎先輩に真剣な声で質問されて、返事に困ってしまった。
聞かれているのはきっと、学校での私としーちゃんの関係だよね?
だから、イエスともノーとも上手く答えられない。
気まずい空気をまとったまま、気づいたら自宅前に到着。
リビングの窓からはオレンジ色の灯りがもれている。
良かった。お母さん、もう帰って来たんだ。
私は黒崎先輩を手招きした。
「風邪をひくと困るので、いったんウチに寄ってって下さい」
「いいのか?」
「はい! 乾燥機を回してる間に、オヤツでも食べましょう」
ガチャリと鍵を回して、飛びこむように玄関に入って――。
私はそこで初めて、とっても重要なことを思い出したんだ。
「セリ、お帰り」
そう。今日はしーちゃんと、夕飯の約束をしてたってこと。
「あ……天海!? 何でここに!?」
家で迎えてくれたしーちゃんは、学校で見せるいつものクールな顔。
反対に黒崎先輩は、今にもひっくり返るんじゃないかってくらい驚愕して、猫目を大きく見開いていた。