学園王宮シークレット ~キングとナイトの溺愛戦~
11.苦い鉢合わせ
「ここって芹七の家だよな!? 何で天海がふつうのカオして出てくんだよ!?」
「黒崎、声大きい。はぁ。とりあえず、これでも使ったら?」
噛みつくような黒崎先輩にも、しーちゃんは変わらず冷静。
用意してくれた白いタオルを軽く投げて、体をふくように促す。
「……えっとぉ」
私は恐る恐るしーちゃんに近づいた。
今日うちに来てくれるってこと、すっかり忘れちゃってたよ。ゴメンナサイ。
あと、せっかくの傘がムダになっちゃって、ゴメンナサイ。
そんでもって約束したのに、黒崎先輩に自分から近づいちゃって、ゴメンナサイ。
しーちゃんは一見落ちついているように見えるけど、たぶん私のために、この状況をどう切り抜けるべきか頭をフル回転させてくれている。
どこまで黒崎先輩にバレていいものか、こうなってしまった今、私がどうしたいのか。
そんなことを気遣って次の行動に迷い、躊躇っているように思えた。
びちょびちょに濡れた私に視線をむけて、困ったように寂しそうに笑う。
ああ、こんな表情させたくなかったのに。
「しーちゃん、ごめんね。先輩に傘を貸してあげたくて……私にはしーちゃんがいるから大丈夫って思って……。でも一緒に帰ろうって声をかけられなくて、それで先輩と……」
黒崎先輩の前だってことも忘れて、普段どおりの言葉づかいで説明する。
でも口から出た言い訳は支離滅裂で、自分でも何を伝えたいのかよく分からない。
う……情けなくて、涙までにじんできた。
「はいはい、分かったから。早くしないと、風邪ひくって」
そんな私に、しーちゃんもいつもの幼なじみの口調。
「セリ、もっとこっちおいで」
タオルでふわりと私の頭をつつみ、優しく髪を拭いてくれる。
手を伸ばせば触れられる、この距離にいてくれることがうれしい。
私は向かい合ったまま、しーちゃんの制服のシャツをギュッとつかんだ。
☆★☆
呆気にとられた様子の黒崎先輩を、リビングルームに案内する。
ソファーに座るや否や先輩は、気まずそうにグシャグシャと自分の頭をかいた。
「何だよ、お前ら。もう付き合ってんのか?」
へ? つ、付き合うって、恋人同士に見えるってこと!?
いえいえ、そんな甘い状況じゃないです!
私の中では今、最大のピンチ。
と、とにかくしーちゃんのためにも、ちゃんと黒崎先輩に伝えなきゃ。
「実は私たち……幼なじみなんです」
もう下手に隠してはおけない。意を決して口をひらく。
「家が近所で、仲良しで。小っちゃい頃からこんなふうに、お互いの家を行き来したりして……」
でもしーちゃんの人気と学校に広まっていた噂にびっくりして、言い出せなくなったことも伝えた。
先輩は私の話をすべて聞いたあと、真剣な表情で沈黙を破る。
「じゃあ、天海の追っかけってゆーのは、ウソってことか?」
「いえ、追っかけてきたのは本当なんです! 私がしーちゃんと同じ学校に通いたくて、秀麗の編入試験をうけたので」
ファンだっていうのも間違いじゃない。
私はしーちゃんが大好きで、誰より彼を知っている『古参』だから。
「……なるほど。天海が珍しく、自分には責任があるとか何とか、芹七にからんでんな~とは思ってたけど。そういうことか」
黒崎先輩はどこか嫌味っぽい口調で、となりのダイニングテーブルにいたしーちゃんに視線を投げた。
「それにしたって、牽制しすぎじゃね? いくら幼なじみが心配だからって、スタフまでついて来て、オレに見せつけるようなマネしやがって」
ケーキを食べさせてくれたことを言ってるのかな。
あれは私が食いしん坊で、しーちゃんが気をきかせてくれただけだと思うけど。
牽制? だってそんなのする理由がない。
「はぁ。黒崎こそ、何でそんなにセリに構うわけ?」
しーちゃんが面倒くさそうに、冷ややかな表情で応戦する。
「女の子に囲まれて浮かれてるような奴は『キング』に相応しくないとか、いつもウザ絡みしてくるくせに。自分はどうなの? セリには無駄な愛想ばっかりふりまいてるように見えるんだけど」
「てっめぇ。言わせておけば……」
うわ~ストップ!
このままじゃ2人がケンカになっちゃう。
「と、とにかく! 黒崎先輩、秘密にしててスミマセンでした!」
今にも殴りかかりそうな先輩を両手で押さえこみ、私は深々と頭を下げた。
いったん立ち上がった先輩はチッと舌打ちをして、もう一度ソファーに腰をかける。
「芹七と天海が特別な関係でも……。オレ、引く気ねーからな」
「え?」
言葉の意味が分からなくて首をかしげると、黒崎先輩はいつもの強気な瞳をむけてくる。
そして人差し指で、自分の頬を軽く2回ノックした。
「体育祭、ぜってーにE組が勝つ! ってことだ」
ひぇ……何ででしょう。
私としーちゃんが幼なじみって事実が、黒崎先輩の勝負魂にさらなる火をつけちゃったみたい。
どうして溝がますます深まっちゃうの?
しーちゃんに敵意さえ向けていなければ、あんがい憎めない人なのにな。
☆★☆
ザーザーとすごい音をたてていた雨が、パラパラに変わったのは夜の7時くらい。
黒崎先輩は「もう傘はいらねーよ」なんて、勢いよくドアを飛び出していった。
しーちゃんと2人きりになって、やっとホッとする。
でもそれと同時に、今までとは違う居心地の悪さも感じていたんだ。
こんなことになって、呆れてる……よね?
嫌われちゃったらどうしよう。
他のファンの子たちとおんなじように、ずっと塩対応されたら……。
考え出したら不安になって、せっかくしーちゃんとご飯を食べているのに、ハンバーグを上手に飲みこむことができなかった。
「セリがちゃんと食べないと、僕がいつまでたっても帰れないんだけど?」
しーちゃんは叱る素振りを見せながらも、席を立たずに見守ってくれている。
迷惑をかけないためにも早く食べなきゃ。
でもこのままならずっと、本当に帰らないでいてくれるのかな?
う~、こんなワガママで打算的なことを考えちゃうなんて、自分でも信じられない。
「じゃあ、僕もそろそろ帰るね」
私がどうにか食べ終わって少ししたら、しーちゃんが時計を気にして立ち上がった。
スタスタと玄関に向かっていくのを、私は置いていかれた子供のように必死で追いかける。
「え? しーちゃん、もう帰っちゃうの? アイスもあるよ。食べて行かないの?」
しーちゃんが甘いものを食べないのなんて、当然、知っているはずなのに。
アイスって……、私ってばどんな誘い文句よ。必死過ぎる。
でもしーちゃんは薄く笑むだけで、部屋に戻ろうとはしてくれなかった。
お家はすぐそこだし、宿題もないって言ってたのに。
いつもなら「じゃあ、あと少しだけ」って私のお願いを聞いてくれるのに。
あきらかに今、避けられている気がする。
「ちゃんと戸締りをして、お風呂に入って。早く寝るようにね」
頭をいつもみたいに撫でてくれても、心は穏やかになれなかった。
そうか。しーちゃんに相談もしないで、黒崎先輩に事情を話しちゃったこと。
きっと怒ってるんだ……。
「しーちゃん、今日は本当にゴメンね。黒崎先輩に幼なじみだってバレちゃって、学校でも気まずいよね」
あっ! 先輩に口止めするのも忘れちゃった。
たぶん知らない人に、ベラベラ言いふらしたりはしないだろうけど。
ううん。本当はもう学校でも、バレちゃった方が楽かなって思ったりもするんだ。
だってそうすれば今までみたいに、しーちゃんの隣を堂々と独占できる……。なんて。
でもそんな勝手な気持ち、許されないことも分かってる。
体育祭までは応援タップのこともあるし。
何よりここまで私のために距離をおいてくれたしーちゃんの優しさが、ムダになっちゃうと思うから。
「黒崎とずいぶん仲良くなったんだね。……あいつのことが、好きなの?」
え!? 声にならない悲鳴を心の中であげる。
何を言われたのか理解できなかった。
しーちゃんの口調があまりにも冷淡で……。
何でそんなこと言うの? 黒崎先輩のことは嫌いじゃないけど……。
私の一番は昔から、しーちゃんに決まってるじゃない。
好きな人は? って聞かれたら、間違いなくしーちゃんの名前だけを口にするのに。
「違うよ……しーちゃん。私ね、しーちゃんのことが大好きだよ」
声、たぶん震えてた。
だって、しーちゃんがぜんぜん笑ってくれない。
私が「大好き」って伝えれば、いつも「はいはい」って、呆れたような笑顔を見せてくれるのに。
それどころか色のない冷え切った瞳で、私を諦めたように見つめているんだ。
それなのに――。
突然、ギュッと抱きしめられて、私は息が止まりそうになった。
「っ……しーちゃん?」
温かい両腕にすっぽり包まれて、心臓がドクンって大きく跳ねる。
たくましい肩。かたい胸。びくともしない腕の力。
しーちゃんが男の人なんだって実感して、ドキドキが止まらなかった。
男として見てもらいたいって、こういうこと?
だったら私、幼なじみじゃないしーちゃんも大好きだよ。
自分の気持ちがようやく分かった気がする。
なのに――。
「セリ。大好き、とかそういうこと。もう気軽に言っちゃダメだよ」
しーちゃんは子供を諭すみたいに、私を柔らかく叱咤した。
「……なんで? 私の本当の気持ちなのに……何で言っちゃダメなの?」
ようやく恋がどんなものか、理解できたのに。
その瞬間にしーちゃんに拒絶されて、ワケが分からなくて涙がこみあげてくる。
表情が見たくて視線をあげると、顔をフッとそらされる。
そして私を突き放すようにして、しーちゃんは素早く身をひるがえした。
「じゃあね、セリ。おやすみ」
夜にバイバイする時の、決まり言葉。
声はいつもと変わらず優しい。
でもしーちゃんの横顔はキレイなのに凍りついていて、まるで精巧な彫刻を見ているみたいだった。
やっと好きだって言えたのに、どうしてこんなことになっちゃうんだろう。
「黒崎、声大きい。はぁ。とりあえず、これでも使ったら?」
噛みつくような黒崎先輩にも、しーちゃんは変わらず冷静。
用意してくれた白いタオルを軽く投げて、体をふくように促す。
「……えっとぉ」
私は恐る恐るしーちゃんに近づいた。
今日うちに来てくれるってこと、すっかり忘れちゃってたよ。ゴメンナサイ。
あと、せっかくの傘がムダになっちゃって、ゴメンナサイ。
そんでもって約束したのに、黒崎先輩に自分から近づいちゃって、ゴメンナサイ。
しーちゃんは一見落ちついているように見えるけど、たぶん私のために、この状況をどう切り抜けるべきか頭をフル回転させてくれている。
どこまで黒崎先輩にバレていいものか、こうなってしまった今、私がどうしたいのか。
そんなことを気遣って次の行動に迷い、躊躇っているように思えた。
びちょびちょに濡れた私に視線をむけて、困ったように寂しそうに笑う。
ああ、こんな表情させたくなかったのに。
「しーちゃん、ごめんね。先輩に傘を貸してあげたくて……私にはしーちゃんがいるから大丈夫って思って……。でも一緒に帰ろうって声をかけられなくて、それで先輩と……」
黒崎先輩の前だってことも忘れて、普段どおりの言葉づかいで説明する。
でも口から出た言い訳は支離滅裂で、自分でも何を伝えたいのかよく分からない。
う……情けなくて、涙までにじんできた。
「はいはい、分かったから。早くしないと、風邪ひくって」
そんな私に、しーちゃんもいつもの幼なじみの口調。
「セリ、もっとこっちおいで」
タオルでふわりと私の頭をつつみ、優しく髪を拭いてくれる。
手を伸ばせば触れられる、この距離にいてくれることがうれしい。
私は向かい合ったまま、しーちゃんの制服のシャツをギュッとつかんだ。
☆★☆
呆気にとられた様子の黒崎先輩を、リビングルームに案内する。
ソファーに座るや否や先輩は、気まずそうにグシャグシャと自分の頭をかいた。
「何だよ、お前ら。もう付き合ってんのか?」
へ? つ、付き合うって、恋人同士に見えるってこと!?
いえいえ、そんな甘い状況じゃないです!
私の中では今、最大のピンチ。
と、とにかくしーちゃんのためにも、ちゃんと黒崎先輩に伝えなきゃ。
「実は私たち……幼なじみなんです」
もう下手に隠してはおけない。意を決して口をひらく。
「家が近所で、仲良しで。小っちゃい頃からこんなふうに、お互いの家を行き来したりして……」
でもしーちゃんの人気と学校に広まっていた噂にびっくりして、言い出せなくなったことも伝えた。
先輩は私の話をすべて聞いたあと、真剣な表情で沈黙を破る。
「じゃあ、天海の追っかけってゆーのは、ウソってことか?」
「いえ、追っかけてきたのは本当なんです! 私がしーちゃんと同じ学校に通いたくて、秀麗の編入試験をうけたので」
ファンだっていうのも間違いじゃない。
私はしーちゃんが大好きで、誰より彼を知っている『古参』だから。
「……なるほど。天海が珍しく、自分には責任があるとか何とか、芹七にからんでんな~とは思ってたけど。そういうことか」
黒崎先輩はどこか嫌味っぽい口調で、となりのダイニングテーブルにいたしーちゃんに視線を投げた。
「それにしたって、牽制しすぎじゃね? いくら幼なじみが心配だからって、スタフまでついて来て、オレに見せつけるようなマネしやがって」
ケーキを食べさせてくれたことを言ってるのかな。
あれは私が食いしん坊で、しーちゃんが気をきかせてくれただけだと思うけど。
牽制? だってそんなのする理由がない。
「はぁ。黒崎こそ、何でそんなにセリに構うわけ?」
しーちゃんが面倒くさそうに、冷ややかな表情で応戦する。
「女の子に囲まれて浮かれてるような奴は『キング』に相応しくないとか、いつもウザ絡みしてくるくせに。自分はどうなの? セリには無駄な愛想ばっかりふりまいてるように見えるんだけど」
「てっめぇ。言わせておけば……」
うわ~ストップ!
このままじゃ2人がケンカになっちゃう。
「と、とにかく! 黒崎先輩、秘密にしててスミマセンでした!」
今にも殴りかかりそうな先輩を両手で押さえこみ、私は深々と頭を下げた。
いったん立ち上がった先輩はチッと舌打ちをして、もう一度ソファーに腰をかける。
「芹七と天海が特別な関係でも……。オレ、引く気ねーからな」
「え?」
言葉の意味が分からなくて首をかしげると、黒崎先輩はいつもの強気な瞳をむけてくる。
そして人差し指で、自分の頬を軽く2回ノックした。
「体育祭、ぜってーにE組が勝つ! ってことだ」
ひぇ……何ででしょう。
私としーちゃんが幼なじみって事実が、黒崎先輩の勝負魂にさらなる火をつけちゃったみたい。
どうして溝がますます深まっちゃうの?
しーちゃんに敵意さえ向けていなければ、あんがい憎めない人なのにな。
☆★☆
ザーザーとすごい音をたてていた雨が、パラパラに変わったのは夜の7時くらい。
黒崎先輩は「もう傘はいらねーよ」なんて、勢いよくドアを飛び出していった。
しーちゃんと2人きりになって、やっとホッとする。
でもそれと同時に、今までとは違う居心地の悪さも感じていたんだ。
こんなことになって、呆れてる……よね?
嫌われちゃったらどうしよう。
他のファンの子たちとおんなじように、ずっと塩対応されたら……。
考え出したら不安になって、せっかくしーちゃんとご飯を食べているのに、ハンバーグを上手に飲みこむことができなかった。
「セリがちゃんと食べないと、僕がいつまでたっても帰れないんだけど?」
しーちゃんは叱る素振りを見せながらも、席を立たずに見守ってくれている。
迷惑をかけないためにも早く食べなきゃ。
でもこのままならずっと、本当に帰らないでいてくれるのかな?
う~、こんなワガママで打算的なことを考えちゃうなんて、自分でも信じられない。
「じゃあ、僕もそろそろ帰るね」
私がどうにか食べ終わって少ししたら、しーちゃんが時計を気にして立ち上がった。
スタスタと玄関に向かっていくのを、私は置いていかれた子供のように必死で追いかける。
「え? しーちゃん、もう帰っちゃうの? アイスもあるよ。食べて行かないの?」
しーちゃんが甘いものを食べないのなんて、当然、知っているはずなのに。
アイスって……、私ってばどんな誘い文句よ。必死過ぎる。
でもしーちゃんは薄く笑むだけで、部屋に戻ろうとはしてくれなかった。
お家はすぐそこだし、宿題もないって言ってたのに。
いつもなら「じゃあ、あと少しだけ」って私のお願いを聞いてくれるのに。
あきらかに今、避けられている気がする。
「ちゃんと戸締りをして、お風呂に入って。早く寝るようにね」
頭をいつもみたいに撫でてくれても、心は穏やかになれなかった。
そうか。しーちゃんに相談もしないで、黒崎先輩に事情を話しちゃったこと。
きっと怒ってるんだ……。
「しーちゃん、今日は本当にゴメンね。黒崎先輩に幼なじみだってバレちゃって、学校でも気まずいよね」
あっ! 先輩に口止めするのも忘れちゃった。
たぶん知らない人に、ベラベラ言いふらしたりはしないだろうけど。
ううん。本当はもう学校でも、バレちゃった方が楽かなって思ったりもするんだ。
だってそうすれば今までみたいに、しーちゃんの隣を堂々と独占できる……。なんて。
でもそんな勝手な気持ち、許されないことも分かってる。
体育祭までは応援タップのこともあるし。
何よりここまで私のために距離をおいてくれたしーちゃんの優しさが、ムダになっちゃうと思うから。
「黒崎とずいぶん仲良くなったんだね。……あいつのことが、好きなの?」
え!? 声にならない悲鳴を心の中であげる。
何を言われたのか理解できなかった。
しーちゃんの口調があまりにも冷淡で……。
何でそんなこと言うの? 黒崎先輩のことは嫌いじゃないけど……。
私の一番は昔から、しーちゃんに決まってるじゃない。
好きな人は? って聞かれたら、間違いなくしーちゃんの名前だけを口にするのに。
「違うよ……しーちゃん。私ね、しーちゃんのことが大好きだよ」
声、たぶん震えてた。
だって、しーちゃんがぜんぜん笑ってくれない。
私が「大好き」って伝えれば、いつも「はいはい」って、呆れたような笑顔を見せてくれるのに。
それどころか色のない冷え切った瞳で、私を諦めたように見つめているんだ。
それなのに――。
突然、ギュッと抱きしめられて、私は息が止まりそうになった。
「っ……しーちゃん?」
温かい両腕にすっぽり包まれて、心臓がドクンって大きく跳ねる。
たくましい肩。かたい胸。びくともしない腕の力。
しーちゃんが男の人なんだって実感して、ドキドキが止まらなかった。
男として見てもらいたいって、こういうこと?
だったら私、幼なじみじゃないしーちゃんも大好きだよ。
自分の気持ちがようやく分かった気がする。
なのに――。
「セリ。大好き、とかそういうこと。もう気軽に言っちゃダメだよ」
しーちゃんは子供を諭すみたいに、私を柔らかく叱咤した。
「……なんで? 私の本当の気持ちなのに……何で言っちゃダメなの?」
ようやく恋がどんなものか、理解できたのに。
その瞬間にしーちゃんに拒絶されて、ワケが分からなくて涙がこみあげてくる。
表情が見たくて視線をあげると、顔をフッとそらされる。
そして私を突き放すようにして、しーちゃんは素早く身をひるがえした。
「じゃあね、セリ。おやすみ」
夜にバイバイする時の、決まり言葉。
声はいつもと変わらず優しい。
でもしーちゃんの横顔はキレイなのに凍りついていて、まるで精巧な彫刻を見ているみたいだった。
やっと好きだって言えたのに、どうしてこんなことになっちゃうんだろう。