学園王宮シークレット ~キングとナイトの溺愛戦~

12.苦い鉢合わせ 【紫己 side】

 秀麗学園の編入試験に合格したって、セリから報告を受けた時――。
 間違いなく本人よりも、僕の方がうれしかったと思う。

 また同じ学校に通える。
 朝が弱いセリを電話で起こして、迎えにいって。
 共通の先生や行事なんかの話をしながら、誰よりも近くで同じ景色が見られる。
 そう思って、春になるのを心待ちにしてたのに――。

『私と幼なじみっていうのは、学校内では秘密にしとかない?』

 そんな無慈悲な提案って、あり?
 もちろん即答で、「ヤダ」って返した。
 セリが僕がらみで目立ちたくないって気持ちとか、変な噂に振りまわされてるってこととか。
 色々気づいてたから、けっきょく了承得ざるをえなかったけど。
 本当は納得なんてできるはずがなかった。
 だってそれでも隣で守ってあげたかったし、そうするのは僕の役目だと思っていた。


 だからセリが大雨の中、黒崎と一緒に帰宅してきた時――。
 平静を装いながらも、頭が一瞬まっ白になった。


 ★☆★


「ここって芹七の家だよな!? 何で天海がふつうのカオして出てくんだよ!?」

 キャンキャン吠える黒崎、本当にうるさい。
 そっちこそ、何で同じ傘に入ってくるわけ?
 それもちゃっかり家に上がろうとするなんて、僕がいなかったらどうなっていたんだろう。

「黒崎、声大きい。はぁ。とりあえず、これでも使ったら?」

 持っていたタオルを乱暴に投げ渡す。
 入学以来ずっと僕のことを目の敵にして、何かとウザ絡みしてきたのはまだスルーできても。
 セリの周りをウロウロするのは許せない。
 放課後わざわざスタフに誘ったり? 嫌味を言ってきた3年の女子から守ったり?
 黒崎って、絶対にセリに気があるよね。
 っていうか、まさかセリも……?

「……えっとぉ」

 左半分びしょ濡れのセリが、恐る恐る僕に近づいてきた。
 潤んだ瞳。ゴメンナサイって、全力で訴えてくる。
 さて、この状況をどう切り抜けようか。

 黒崎の前で、セリはどうしたい?
 ここまできても、まだ幼なじみだって隠すの?
 いつもはセリの心を読んで、手を差しのべることなんて難しくないのに。
 今回に限っては判断に迷って、上手く笑うことさえできなかった。

「しーちゃん、ごめんね。先輩に傘を貸してあげたくて……私にはしーちゃんがいるから大丈夫って思って……。でも一緒に帰ろうって声をかけられなくて、それで先輩と……」

 必死でこうなった経緯を説明するセリ。
「しーちゃん」って涙声だけど、いつものように呼んでくれたことに妙に安堵した。
 黒崎の前でも隠さなくていいんだって、僕は冷静さをとり戻す。

「はいはい、分かったから。早くしないと、風邪ひくって。セリ、もっとこっちおいで」

 抱き寄せるようにセリの頭をタオルで包みこんで、水滴のおちる髪を優しくふいた。
 セリはその間中ずっと、僕のシャツを甘えるみたいにつかんでいる。
 こういう無意識な仕草、本当カワイイんだよね。
 僕は両手でセリの頬にふれながら、顎をそっと上向きにした。
 大きな瞳の中に僕だけが映っているのを確認して、そのままの姿勢で黒崎に目線を流す。

 ほら。こんなふうにセリに手を伸ばしていいのは、僕だけなんだよ。
 そう、見せつけたくて。


 ★☆★


 暖かみのあるオレンジの灯りがともった、セリの家のリビングルーム。
 セリと黒崎が向かい合ってソファーに座り、僕は少し離れたダイニングの椅子に軽く腰をかけた。

「何だよ、お前ら。もう付き合ってんのか?」

 まあ、仲良くふれあってる男女の姿を見たら、普通そう思うよね。
 でも恋愛に鈍感なセリは、青天の霹靂とばかりに目を白黒させて、

「実は私たち、幼なじみなんです」

 なんて。学校で他人のふりをすることになった経緯を、覚悟を決めたように話し始める。

「じゃあ、天海の追っかけってゆーのは、ウソってことか?」
「いえ、追っかけてきたのは本当なんです! 私がしーちゃんと同じ学校に通いたくて、秀麗に編入してきたので」 
「……なるほど。天海が珍しく、自分には責任があるとか何とか、芹七にからんでんな~とは思ってたけど。そういうことか」

 黒崎は僕の方を見て、尖った声を投げてきた。

「それにしたって、牽制しすぎじゃね? いくら幼なじみが心配だからって、スタフまでついて来て、オレに見せつけるようなマネしやがって」

 わざと目の前でケーキを「あ~ん」って、セリの口に入れたことを言ってるのか?
 あの程度が牽制とか虫よけになったなら、そばにいた甲斐もあるっていうもの。

「はぁ。黒崎こそ、何でそんなにセリに構うわけ?」

 理由なんて、本当は分かっていたけど。
 僕はご存じのとおり意地が悪いから、あえて痛いところを責めてやる。

「女の子に囲まれて浮かれてるような奴は『キング』に相応しくないとか、いつもウザ絡みしてくるくせに。自分はどうなの? セリには無駄な愛想ばっかりふりまいてるように見えるんだけど」
「てっめぇ。言わせておけば……」

 カッとなって立ち上がった黒崎を、セリは慌ててなだめた。
 黒崎は舌打ちをしながら、僕を鋭く睨みつけてくる。
 目に見えない派手な火花がバチバチとあがっているのを、僕たち2人だけが感じていた。

「芹七と天海が特別な関係でも……。オレ、引く気ねーからな」

 ふーん、そう来る?

「体育祭、ぜってーにE組が勝つ! ってことだ」

 セリを勝ちとるつもりだと、体育祭にかこつけて言い放った黒崎。
 少し煽り過ぎたか。でももちろん、負けるつもりなんてない。
 黒崎の宣戦布告に、僕が密かな闘志を燃やしたのは言うまでもなかった。


 ★☆★


 雨が小降りになり黒崎が帰っていったのは、午後7時を過ぎた頃。
 それからハンバーグを温め直して、一緒にテーブルを囲んで。
「食欲がない」なんて途中で箸を置くセリに、どうにか完食させた。

「じゃあ、僕もそろそろ帰るね」

 午後9時。
 すっかり乾いたブレザーを羽織って、僕はリビングから玄関へと向かう。

「え? しーちゃん、もう帰っちゃうの? アイスもあるよ。食べて行かないの?」

 すがるようにそんな可愛いことを言われて、思わず踵を返しそうになった。
 自宅までは徒歩2分の距離だし、セリとは家族ぐるみの付き合いだけど。
 さすがにこんな時間まで、2人きりでいるのはマズイ。
 誰が咎めるわけじゃない、けど。
 セリが求める『イイ幼なじみ』の条件を、自ら壊してしまうのが怖かった。

「ちゃんと戸締りをして、お風呂に入って。早く寝るようにね」

 いつものように頭をくしゃりと撫でる。
 セリは一瞬だけ目を閉じてから、僕のことを申し訳なさそうに見上げた。

「しーちゃん、今日は本当にゴメンね。黒崎先輩に幼なじみだってバレちゃって、学校でも気まずいよね」

 セリはあいつに、今日のことを黙っていて欲しいとは頼まなかった。
 他人の噂話にのっかって黒崎が自分を傷つけるようなことはしないって、本能的に判断したんだと思う。
 セリはいつの間にか、出会ったばかりの黒崎を信頼をしている。
 
 ねえ、まさか本当に。
 黒崎のことを好きになったわけじゃないよね?

 僕が学校で距離をおいて接しているのは、いつだってセリのためだ。
 通学路も遠回りして。
 なるべく目で追わないように気をつけて。
 手を差し伸べたくなっても、『普通の先輩と後輩』の境界線を越えないように徹してるつもり。

 でも、そうやって僕が離れている間に、セリは黒崎の心に入り込んでしまった。
 分かってる、セリが悪いわけじゃない。
 誰と仲良くなろうと、責める資格なんかないけど。
 でも僕だけ『他人のふり』という約束に、制御されているのはフェアじゃないでしょ?
 だって何かあっても、瞬時に駆けつけることができない。
 
 僕のこと、男として見て欲しいって、ちゃんと伝えたはずなのに。
 もしかしたらすでに、僕じゃない誰かを想っている?
 そう考えたら悲しいとか淋しいという感情よりも、激しい苛立ちが先行した。

「黒崎とずいぶん仲良くなったんだね。……あいつのことが、好きなの?」

 漏れ出たのは自分でも驚くほど力なく、低くかすれた声だった。
 喉がしまるような感覚。
 セリは一瞬、大きく目を見開いてから、慌ててすがるように僕の腕にふれる。
 きっと僕に、突き放されたって、感じたんじゃないかな。

「違うよ……しーちゃん。私ね、しーちゃんのことが大好きだよ」

 セリは潤んだ瞳でそう呟いた。
 白い肌にピンク色の頬。長いまつ毛が艶めいていて、赤みのある唇が微かに震えている。
 好きだ、なんて。まるで告白みたい。
 こんなふうにされたら、普通の男ならみんな勘違いすると思う。

 でも僕は良くも悪くも、これがセリの常套句だって知ってる。
 大好き、って
 そこに深い意味なんてないって、甘いお菓子と一緒なんだって、分かっているから――。

「っ……しーちゃん?」

 こうやって思わず抱きしめたって、このタイミングで「僕も好きだよ」なんて愛の言葉は返せなかった。

「セリ。大好き、とかそういうこと。もう気軽に言っちゃダメだよ」
「……なんで? 私の本当の気持ちなのに……何で言っちゃダメなの?」

 僕の腕の中で、セリがくぐもった声を出す。
 だって僕の『好き』は、セリとは明らかに違う。
 家族よりも友達よりも『特別な女の子として好き』っていう意味だから。

 ギュッと抱きしめていたセリの体を離し、僕は素早く玄関におりた。 

「じゃあね、セリ。おやすみ」

 そしていつもの別れ際と同じように、軽く左手をあげる。
 セリの望んでいる『幼なじみの顔』をして。
 
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