学園王宮シークレット ~キングとナイトの溺愛戦~

13.体育祭は赤いリボンで

 秀麗で『クイーン』と呼ばれるのは、イベントの勝利クラスにメダルをかけてあげる女の子のこと。
 前回の勝者――すなわち、勝負得点と応援タップ数の両方で1番になった、『キング』に指名する権利があるんだって。
 秀麗に通う女子だったら誰もが憧れちゃうような、表彰台に華をそえる名誉な役。
 でも、ほっぺにキスするっていうちょっと恥ずかしい伝統があるから、カレシもちの子はダメとか、条件はそこそこ厳しいみたい。
 
 数日前まで、私にとってクイーンっていう存在は、そんなふんわりした認識のものだった。
 今回はせっかくオファーをもらったんだから、頑張らなきゃ。
 どのチームが勝ったとしても、ちゃんと役割を果たさなきゃ、って。

 でも私は今、その相手がしーちゃんであって欲しいと願っている。
 勝利するのも、キスする相手も。しーちゃんがイイなぁって。


 ☆★☆


 体育祭の開会式が始まった。
 初夏の日差しを感じる青空の下、御幸くんが力強く選手宣誓をする。
 イベントを全力で楽しむことがモットーの秀麗学園は、各チームの横断幕も気合が入っていた。

 キング率いる私たちAチームは、赤。
 スローガンはたった一言、『気炎万丈(きえんばんじょう)』。圧倒的な力で勝利するぞ! って意味なんだって。
 ナイト率いる黒崎先輩のEチームは、緑。
 書かれているのは『()せろ、E組(だましい)!』。うん、ストレートな表現が、らしいなぁって思う。
 
 生徒席はグラウンドの後ろ半周を囲むように、チームごとに区切られていた。
 開会式がおわって競技が始まると、とうぶん出番のない私のところに、御幸くんとすばる先輩がやってくる。


「おっはよ~、芹七ちゃん! ねっ、ねっ。ポニテやってもいい?」
「え? ポニーテール、ですか??」
「似合うと思ってさ。はい。後ろ向いて~」

 すばる先輩は空いていた隣の椅子に座り、くるっと私の体を回転させた。
 そしてスルスルと、私の長くウエーブがかった髪を器用に結いはじめる。
 サイドを編みこんでるのかな? 手つきに迷いがなくて、あっという間に首元がすっきりする。

「できた~♡ ねー、どう? これカワイくない?」

 すばる先輩は満足そうな声をあげると、横に立っていた御幸くんに声をかけた。

「ヤバいな、これ。いつものトイプーヘアーも似合ってるけど、うなじの破壊力ったら」

 御幸くんは私の後ろに回り、うんうんと大袈裟にうなずいている。
 え~、どうなってるのか私も見たい!
 うずうずしながらポニテの毛先をなでると、すばる先輩がスマホのインカメを正面に向けてくれた。

「うわ~、オシャレ!! すばる先輩ってホントに器用ですね~」

 耳の両サイドからゆるく編みこんだ髪を、ちょっと高めのポニーテールにしてくれている。
 その根元を飾っているのは、リボンのついた……ヘアアクセサリー?
 それもチームカラーの赤色だ。

「カワイイ! これどうしたんですか? すっごく好みのデザインです」
「うん、良かった! 実は昨日3人で買いに行ったんだ。クイーンも引き受けてもらっちゃったし、芹七ちゃんがいつも頑張ってくれてるから。何かお礼がしたいね、って事になって」
「そんな……でも、ありがとうございます」
「ちなみにソレ、紫己のセレクトだよ」
「え?」
「びっくりだよね~! 女の子に不愛想なあの紫己が、こんなカワイイの選んじゃうんだから」

 すばる先輩が大げさに驚いたような口調で教えてくれる。
 
「そう……なんですね……」

 しーちゃんが私のために選んでくれたんだ。それだけで気分が高揚する。
 胸の奥がくすぐったい。

「紫己先輩にもお礼を言わなきゃですね。えっと……」

 キョロキョロと3年生の座席を見渡してみる。
 いない……? そろそろ出番が近づいているのかな?

「あ~、紫己なら、あっち」

 御幸くんが指さした方向を見ると、しーちゃんは後ろの方で他の先輩と話をしていた。
 用事があるっていうよりは、仲間内で談笑しているって感じに見える。

「3人でセリちゃんとこに行こうって、声はかけたんだけどな」

 私に視線を戻して、御幸くんがどこか申し訳なさそうに口を開いた。

「しーちゃ……紫己先輩がイヤだって言ってましたか?」
「うーん、まあ。目立つからやめとくって」
「そう……ですよね。こんな注目される場所でわざわざ私のとこなんかに来たら、また噂になっちゃいますし」

 しーちゃんがそこに立っているだけで、女の子がみんな浮足立ってるのが分かる。
 他人のふりを徹底してくれているしーちゃんが、自ら私に話しかけてくるとは思えない。

「うん、まー。そういう考えもあるかもしれないけど……。ちょっと、らしくねーかな」
「え?」
「だって俺の知っている紫己は、存外、独占欲の塊だから」

 御幸くんはそう言って口角をあげると、そっと顔を寄せてくる。
 そして私にだけ聞こえるように、小声で囁いた。

「普通ならこういう事――セリちゃんが喜ぶ瞬間を、他人任せにするとは思えないんだけど」

 私はギュッと唇をかんだ。
 だとしたら、やっぱり避けられてるんだと思うの。

「ん~やっぱり。何かあったみたいだな」

 御幸くんが心配そうに、前かがみで私の顔をのぞきこむ。

「もしかして、セリちゃん。この前心臓が痛いって言ってた原因、見つかりましたか?」

 そしてちょっとおどけた調子で、眼鏡ごしに優しい目をむけてくる。
 ズバリと言い当てられて、私は素直にコクンとうなずいた。
 きっと御幸くんはあの時から、とっくに気持ちを見抜いてたんだね。
 私でさえ分からなかった、しーちゃんを好きっていう気持ちを。

「お~い。さっきから2人して、何の話してんの?」

 だまって聞いていたすばる先輩が、ぷーっと頬をふくらませて不貞腐れたカオになる。

「やっとスタートライン。こっからが勝負だって、話だよ」
「え~!? 体育祭始まったばっかなんだから、当たり前じゃん」

 そんな御幸くんとすばる先輩のやりとりが面白くて、クスクスと声を立てて笑った。
 うん、ここが私のスタートライン。
 A組と自分のために、まずは今日の体育祭をせいいっぱい頑張るぞ!
 そう、心に誓ったんだ。
 
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