学園王宮シークレット ~キングとナイトの溺愛戦~
15.『キング』の栄冠を目指して
体育祭最後の競技は、チーム対抗選抜リレー。
私は中盤のランナーとして、待機エリアに座っている。
現在のチームの合計点は、3つ前の競技から分からないように隠されていた。
でもたぶん、1位はE組。そしてちょっとの差でA組が続いていると思う。
これさえ勝てば、逆転できるのに……。
私は膝を小さくかかえながら、すり切れた脚をにらみつけていた。
みんなに迷惑をかけていることが、悔しくてたまらない。
走る前から転ぶって……いったいどんだけトロいのよ。
「うわっ。芹七、大丈夫か? ソレ」
同じ偶数走者のエリアにいた黒崎先輩が、ギョッとした顔で後ろから声をかけてきた。
「はい、見かけほどじゃないです」
実際、不思議とあまり痛みはない。
「お得意の救急セットはどうしたんだよ?」
「ああ、ホントですね。ちゃんと持ってきてたのに。忘れてました」
「お前な~。自分の特技なんだから、使わなきゃ意味ねーだろ?」
黒崎先輩にそう眉をしかめられて、「たしかに」なんて苦い笑いがこぼれる。
「実はあのポーチ、自分で使ったことはないんです」
「え? そうなのか?」
「はい。だって元々あれは、しーちゃんを助けるためのものなので」
もう黒崎先輩には幼なじみだってバレてるんだから、隠す必要はないよね。
私がスッキリとした気持ちで言い放つと、黒崎先輩は眉根をよせてグッと息を飲んだように見えた。
パンッ! と心地のいいピストルの音がひびく。
とうとう始まった。
私は前のめりになって、赤色のバトン――A組のランナーを目で追いかける。
第1走者は3年の女子の先輩。
どのチームも速いけれど、少ししてE組のランナーが体1つ分前に出た。
A組は100メートルを2位で走り抜け、次の走者にバトンが渡る。
「やっぱEチームつえ~な~」
横にいた他のランナーが感嘆の声をあげた。
うん、本当に速い。
どうしよう……心臓がバクバクいって、足が震えてきちゃった。
急に怖くなって、一番後ろの列にいるしーちゃんを振り返る。
しーちゃんはすぐに気づいて、私に向かって声をださずに唇だけを動かした。
『だ い じょ う ぶ だ よ』
強い眼差しが頼もしい。波立っていた心がいっきに落ち着く。
私はギュッと拳をにぎって、自分自身に気合をいれた。
よしっ。やるぞっ!
私の番がきて、急いでバトンゾーンに移動する。
1位のE組がいちはやく抜けて、私はインコースに立つ。
A組は変わらず2位をキープしているけれど、3位のB組がすぐ後ろまで迫っていた。
「芹七! 頑張って!」
ランナーの葵ちゃんから、バトンと声援を同時にうけとる。
バトンパスは成功。膝も痛くない。
私は前だけを見て、必死に手足を動かした。
ぜったいに負けたくない!
でもカーブを曲がりきったところで、右側にフッと人の影が入りこむ。
あ、ヤダ。B組に抜かされちゃう……
「セリちゃん、こっち!!」
次のランナーである御幸くんが、そう叫んで私にむかって手をひろげた。
狭くなりかけた視野がクリアーになる。
どうにか踏ん張って、これでもかってくらい腕を伸ばし、御幸くんに2位のままバトンを渡す。
きゃ~! っと女の子の歓声があがる中、軽やかに駆け抜ける御幸くん。
がんばって!
私は息を弾ませながら、彼の大きな背中を見送った。
どのチームも後半の選手は速い。
特に1位のE組とは、すでに30メートルくらいの差がひらいている。
そんな時、緑のバトンが勢いよくはじけ飛んでしまった。
「あーーーー!!」
E組の応援席から悲鳴があがる。
アンカーまであと1人というところで、バトンパスに失敗したみたい。
その隙に、すばる先輩が先頭に立った。
でもさすがE組の選手、すぐに体勢をととのえて再び先頭に並ぶ。
1位は混戦のまま、A組とE組。
そのまま最終走者のしーちゃんにバトンが渡って――。
地面を揺らすような黄色い歓声が、生徒たちからわきおこった。
しーちゃんと黒崎先輩がアンカーのたすきをなびかせながら、ほぼ同時にスタートをきる。
まさにキングとナイトの決戦。
一触即発のするどい走りで、2人が目の前を駆け抜けていく。
サッカー部で鍛えた黒崎先輩の脚力は、高校の選手並だって噂されていた。
だからあっという間にしーちゃんを追い抜くだろうって、みんな予想してたんじゃないかな。
去年同様に、きっとE組が勝つんじゃないかって。
でも私は違う。
10年来の古参ファンの私は、しーちゃんが本気を出したら陸上選手並に速いことを知ってるんだ。
『何位でバトンを渡されても、絶対にトップでゴールする』
そして自分が口にした約束を、1度だって破った事なんかないっていうことも。
「しーちゃーん! がんばってーーー!!」
最終コーナーを回った時、私はすでに涙声になっていた。
無意識にしーちゃんの名前を大声で呼び、必死で声援をおくりつづける。
しーちゃんが前に出る。
黒崎先輩が追いついて、ほんの少し追い越す。
それをまたしーちゃんが、さらに追い抜く。
数回それをくりかえし、最後にしーちゃんが1歩前に出て――
張られたテープを胸で切り、颯爽とゴールを突き抜けた。
A組の劇的な逆転勝利!
わずかに遅れて黒崎先輩がゴールし、その他3クラスも後につづく。
「勝ったよ~! まさに有言実行! 紫己先輩、超カッコイイね~!!」
隣で大興奮の葵ちゃんも、すでに涙目。
「うん、うん! カッコ良かった」
嬉しくて。ホッとして。私の目からも大粒の涙がこぼれた。
こんなに感動するのは、ここまでみんなで頑張ってきたから。
そして私がしーちゃんのことを、大好きだから。
本当に、ホントに。良かった。
☆★☆
すべての選手を讃えて、観客席から大きな拍手がおこる。
グラウンドが大歓声に包まれる中――。
少し離れた場所で仲間に囲まれているしーちゃんと、フッと目があった気がした。
気のせいかな? 見えているはずないよね? そう思っていたのに……。
しーちゃんは人波をかきわけて、グングン私に近づいてくる。
「セリ!」
いつもの優しい声で名前を呼ばれた。
どうしよう。私の心臓、すっごくうるさいよ。
しーちゃんが目の前に立っただけで、ドキドキが全身に広がっていく。
そんな初めての感覚に耐えられなくなって、私は崩れるようにへなへなとしゃがみこんでしまった。
「大丈夫? 足が痛むの?」
しーちゃんが慌てて私の腕をとり、倒れないように体を支えてくれる。
「……ううん、違うの。しーちゃんの顔をみたら安心して……。力がぬけちゃったみたい」
へらっと力なく笑う。
しーちゃんは私が笑ったのを見て、安心したように目じりを下げた。
「とりあえず、保健室に行こうか」
そして私をふわりと胸に抱きかかえる。
「ひゃっ……! し……しーちゃん!?」
お姫さま抱っこって言うんだよ、これ!
みんなが驚いて、いっせいに私達に注目した。
でもそんな視線にひるむことなく、しーちゃんはそのままゆっくりと生徒の輪をぬけていく。
温もりがうれしい。
恥ずかしいけど離れたくない。
しーちゃんの胸の音を自分のもののように聞きながら、私は幸福感につつまれる。
でも……。
「しーちゃん、ダメだよ。こんな事したら、またパタパタが外されちゃう」
せっかく体育祭で勝って、A組の実力を見せられたのに。
応援タップの数で負けちゃったら、人気があるって証明できない。
『キング』の称号が得られなくなっちゃうよ。
「僕はそんなのどうでもイイって思ってるけど」
しーちゃんはそう呟くと、クルッと踵を返す。
そして近くで見守ってくれていた、すばる先輩たちA組のメンバーに「ゴメン!」と声をかけた。
「せっかくみんなで集めたタップ数、減ることになるかも。でもさ……」
何かをふっきったような、清々しい表情。
「『キング』とか『ナイト』とかにこだわるよりも、好きな女の子を大切にする方がイイと思わない?」
そう堂々と言い切るしーちゃん。
うん。本当にかっこいい……。やっぱり誰よりも、キングって呼ばれるのが似合うと思うの。
きっと私だけじゃなく、みんなも同じように感じている。
だってその場にいた全員が息をのんで、眩しそうにしーちゃんを見つめていたから。
☆★☆
まるで宝物を抱えるみたいに、私を保健室に運んでくれたしーちゃん。
養護の先生に手当てをしてもらってる間、片時も離れずにいてくれた。
私の両膝が大げさにガーゼでおおわれる。
その姿を見たしーちゃんは、「これじゃあ、戻れないね」って心配そうに微笑する。
私たちはケガと付き添いを理由に、閉会式を欠席することに決めた。
先生がいなくなって、保健室にはしーちゃんと私の2人きり。
日差しがさしこむ大きな窓からは、グラウンドのはじっこが見える。
「しーちゃん、ありがとう。でも本当に戻らなくて良かったの?」
3年A組は主役なのに。
「きっとみんな待ってるよ。しーちゃんだけでも今から――」
閉会式に参加して。って、言いかけて。
しーちゃんにぎゅ~っと、両手でほっぺを挟まれた。
「いいんだよ。僕がセリのそばにいたいんだから」
キレイな顔が近い。
透明感のある青みがかった瞳に、私だけが映っているのがうれしい。
さっきお姫さま抱っこされて、一生分のドキドキを体験しちゃったかと思ってたのに。
また心臓が跳ねる。
しーちゃん、私……わたしやっぱり、好き……
「ずっと、セリのことが好きだよ」
私の気持ちを読みとったみたいに、しーちゃんが同じ台詞を口にした。
「セリの明るくて素直で、表情がクルクル変わるとこなんて可愛くてしかたない。甘えられると嬉しくて、拗ねられるともっと意地悪したくなる。セリは僕にとって、昔から特別な女の子なんだ」
しーちゃんの顔が珍しく赤い。
いつもクールなのに、なんだか視線まで熱っぽくて。
見つめられるだけで、私の体が溶けちゃうんじゃないかって思った。
「うん、私も大好きだよ。しーちゃんと同じ『好き』だからね!」
前みたいに否定されるかもって心配したけれど、しーちゃんは「うん」って穏やかに頷いてくれる。
そして私の唇を親指でなぞるようにふれて、ゆっくりと顔を近づけた。
あっ……と息をもらす間もなく、しーちゃんの唇が私のものに重なる。
優しくて、甘いキス――。
「これからもずっと、今まで以上に大切にするから。セリ……僕の彼女になってよ」
しーちゃんはいったん唇を離して、でもまたギリギリのところまで近づいて。
そう、艶っぽい声で囁く。
「うん……私も、しーちゃんを大切にするよ」
もう秘密はおしまいにしよう。
私たちは『ただの先輩と後輩』でも『推しとファン』でもない。
そんでもって『幼なじみ』も卒業。
今からは恋人同士として、堂々としーちゃんの隣に並ぶんだ。
私は中盤のランナーとして、待機エリアに座っている。
現在のチームの合計点は、3つ前の競技から分からないように隠されていた。
でもたぶん、1位はE組。そしてちょっとの差でA組が続いていると思う。
これさえ勝てば、逆転できるのに……。
私は膝を小さくかかえながら、すり切れた脚をにらみつけていた。
みんなに迷惑をかけていることが、悔しくてたまらない。
走る前から転ぶって……いったいどんだけトロいのよ。
「うわっ。芹七、大丈夫か? ソレ」
同じ偶数走者のエリアにいた黒崎先輩が、ギョッとした顔で後ろから声をかけてきた。
「はい、見かけほどじゃないです」
実際、不思議とあまり痛みはない。
「お得意の救急セットはどうしたんだよ?」
「ああ、ホントですね。ちゃんと持ってきてたのに。忘れてました」
「お前な~。自分の特技なんだから、使わなきゃ意味ねーだろ?」
黒崎先輩にそう眉をしかめられて、「たしかに」なんて苦い笑いがこぼれる。
「実はあのポーチ、自分で使ったことはないんです」
「え? そうなのか?」
「はい。だって元々あれは、しーちゃんを助けるためのものなので」
もう黒崎先輩には幼なじみだってバレてるんだから、隠す必要はないよね。
私がスッキリとした気持ちで言い放つと、黒崎先輩は眉根をよせてグッと息を飲んだように見えた。
パンッ! と心地のいいピストルの音がひびく。
とうとう始まった。
私は前のめりになって、赤色のバトン――A組のランナーを目で追いかける。
第1走者は3年の女子の先輩。
どのチームも速いけれど、少ししてE組のランナーが体1つ分前に出た。
A組は100メートルを2位で走り抜け、次の走者にバトンが渡る。
「やっぱEチームつえ~な~」
横にいた他のランナーが感嘆の声をあげた。
うん、本当に速い。
どうしよう……心臓がバクバクいって、足が震えてきちゃった。
急に怖くなって、一番後ろの列にいるしーちゃんを振り返る。
しーちゃんはすぐに気づいて、私に向かって声をださずに唇だけを動かした。
『だ い じょ う ぶ だ よ』
強い眼差しが頼もしい。波立っていた心がいっきに落ち着く。
私はギュッと拳をにぎって、自分自身に気合をいれた。
よしっ。やるぞっ!
私の番がきて、急いでバトンゾーンに移動する。
1位のE組がいちはやく抜けて、私はインコースに立つ。
A組は変わらず2位をキープしているけれど、3位のB組がすぐ後ろまで迫っていた。
「芹七! 頑張って!」
ランナーの葵ちゃんから、バトンと声援を同時にうけとる。
バトンパスは成功。膝も痛くない。
私は前だけを見て、必死に手足を動かした。
ぜったいに負けたくない!
でもカーブを曲がりきったところで、右側にフッと人の影が入りこむ。
あ、ヤダ。B組に抜かされちゃう……
「セリちゃん、こっち!!」
次のランナーである御幸くんが、そう叫んで私にむかって手をひろげた。
狭くなりかけた視野がクリアーになる。
どうにか踏ん張って、これでもかってくらい腕を伸ばし、御幸くんに2位のままバトンを渡す。
きゃ~! っと女の子の歓声があがる中、軽やかに駆け抜ける御幸くん。
がんばって!
私は息を弾ませながら、彼の大きな背中を見送った。
どのチームも後半の選手は速い。
特に1位のE組とは、すでに30メートルくらいの差がひらいている。
そんな時、緑のバトンが勢いよくはじけ飛んでしまった。
「あーーーー!!」
E組の応援席から悲鳴があがる。
アンカーまであと1人というところで、バトンパスに失敗したみたい。
その隙に、すばる先輩が先頭に立った。
でもさすがE組の選手、すぐに体勢をととのえて再び先頭に並ぶ。
1位は混戦のまま、A組とE組。
そのまま最終走者のしーちゃんにバトンが渡って――。
地面を揺らすような黄色い歓声が、生徒たちからわきおこった。
しーちゃんと黒崎先輩がアンカーのたすきをなびかせながら、ほぼ同時にスタートをきる。
まさにキングとナイトの決戦。
一触即発のするどい走りで、2人が目の前を駆け抜けていく。
サッカー部で鍛えた黒崎先輩の脚力は、高校の選手並だって噂されていた。
だからあっという間にしーちゃんを追い抜くだろうって、みんな予想してたんじゃないかな。
去年同様に、きっとE組が勝つんじゃないかって。
でも私は違う。
10年来の古参ファンの私は、しーちゃんが本気を出したら陸上選手並に速いことを知ってるんだ。
『何位でバトンを渡されても、絶対にトップでゴールする』
そして自分が口にした約束を、1度だって破った事なんかないっていうことも。
「しーちゃーん! がんばってーーー!!」
最終コーナーを回った時、私はすでに涙声になっていた。
無意識にしーちゃんの名前を大声で呼び、必死で声援をおくりつづける。
しーちゃんが前に出る。
黒崎先輩が追いついて、ほんの少し追い越す。
それをまたしーちゃんが、さらに追い抜く。
数回それをくりかえし、最後にしーちゃんが1歩前に出て――
張られたテープを胸で切り、颯爽とゴールを突き抜けた。
A組の劇的な逆転勝利!
わずかに遅れて黒崎先輩がゴールし、その他3クラスも後につづく。
「勝ったよ~! まさに有言実行! 紫己先輩、超カッコイイね~!!」
隣で大興奮の葵ちゃんも、すでに涙目。
「うん、うん! カッコ良かった」
嬉しくて。ホッとして。私の目からも大粒の涙がこぼれた。
こんなに感動するのは、ここまでみんなで頑張ってきたから。
そして私がしーちゃんのことを、大好きだから。
本当に、ホントに。良かった。
☆★☆
すべての選手を讃えて、観客席から大きな拍手がおこる。
グラウンドが大歓声に包まれる中――。
少し離れた場所で仲間に囲まれているしーちゃんと、フッと目があった気がした。
気のせいかな? 見えているはずないよね? そう思っていたのに……。
しーちゃんは人波をかきわけて、グングン私に近づいてくる。
「セリ!」
いつもの優しい声で名前を呼ばれた。
どうしよう。私の心臓、すっごくうるさいよ。
しーちゃんが目の前に立っただけで、ドキドキが全身に広がっていく。
そんな初めての感覚に耐えられなくなって、私は崩れるようにへなへなとしゃがみこんでしまった。
「大丈夫? 足が痛むの?」
しーちゃんが慌てて私の腕をとり、倒れないように体を支えてくれる。
「……ううん、違うの。しーちゃんの顔をみたら安心して……。力がぬけちゃったみたい」
へらっと力なく笑う。
しーちゃんは私が笑ったのを見て、安心したように目じりを下げた。
「とりあえず、保健室に行こうか」
そして私をふわりと胸に抱きかかえる。
「ひゃっ……! し……しーちゃん!?」
お姫さま抱っこって言うんだよ、これ!
みんなが驚いて、いっせいに私達に注目した。
でもそんな視線にひるむことなく、しーちゃんはそのままゆっくりと生徒の輪をぬけていく。
温もりがうれしい。
恥ずかしいけど離れたくない。
しーちゃんの胸の音を自分のもののように聞きながら、私は幸福感につつまれる。
でも……。
「しーちゃん、ダメだよ。こんな事したら、またパタパタが外されちゃう」
せっかく体育祭で勝って、A組の実力を見せられたのに。
応援タップの数で負けちゃったら、人気があるって証明できない。
『キング』の称号が得られなくなっちゃうよ。
「僕はそんなのどうでもイイって思ってるけど」
しーちゃんはそう呟くと、クルッと踵を返す。
そして近くで見守ってくれていた、すばる先輩たちA組のメンバーに「ゴメン!」と声をかけた。
「せっかくみんなで集めたタップ数、減ることになるかも。でもさ……」
何かをふっきったような、清々しい表情。
「『キング』とか『ナイト』とかにこだわるよりも、好きな女の子を大切にする方がイイと思わない?」
そう堂々と言い切るしーちゃん。
うん。本当にかっこいい……。やっぱり誰よりも、キングって呼ばれるのが似合うと思うの。
きっと私だけじゃなく、みんなも同じように感じている。
だってその場にいた全員が息をのんで、眩しそうにしーちゃんを見つめていたから。
☆★☆
まるで宝物を抱えるみたいに、私を保健室に運んでくれたしーちゃん。
養護の先生に手当てをしてもらってる間、片時も離れずにいてくれた。
私の両膝が大げさにガーゼでおおわれる。
その姿を見たしーちゃんは、「これじゃあ、戻れないね」って心配そうに微笑する。
私たちはケガと付き添いを理由に、閉会式を欠席することに決めた。
先生がいなくなって、保健室にはしーちゃんと私の2人きり。
日差しがさしこむ大きな窓からは、グラウンドのはじっこが見える。
「しーちゃん、ありがとう。でも本当に戻らなくて良かったの?」
3年A組は主役なのに。
「きっとみんな待ってるよ。しーちゃんだけでも今から――」
閉会式に参加して。って、言いかけて。
しーちゃんにぎゅ~っと、両手でほっぺを挟まれた。
「いいんだよ。僕がセリのそばにいたいんだから」
キレイな顔が近い。
透明感のある青みがかった瞳に、私だけが映っているのがうれしい。
さっきお姫さま抱っこされて、一生分のドキドキを体験しちゃったかと思ってたのに。
また心臓が跳ねる。
しーちゃん、私……わたしやっぱり、好き……
「ずっと、セリのことが好きだよ」
私の気持ちを読みとったみたいに、しーちゃんが同じ台詞を口にした。
「セリの明るくて素直で、表情がクルクル変わるとこなんて可愛くてしかたない。甘えられると嬉しくて、拗ねられるともっと意地悪したくなる。セリは僕にとって、昔から特別な女の子なんだ」
しーちゃんの顔が珍しく赤い。
いつもクールなのに、なんだか視線まで熱っぽくて。
見つめられるだけで、私の体が溶けちゃうんじゃないかって思った。
「うん、私も大好きだよ。しーちゃんと同じ『好き』だからね!」
前みたいに否定されるかもって心配したけれど、しーちゃんは「うん」って穏やかに頷いてくれる。
そして私の唇を親指でなぞるようにふれて、ゆっくりと顔を近づけた。
あっ……と息をもらす間もなく、しーちゃんの唇が私のものに重なる。
優しくて、甘いキス――。
「これからもずっと、今まで以上に大切にするから。セリ……僕の彼女になってよ」
しーちゃんはいったん唇を離して、でもまたギリギリのところまで近づいて。
そう、艶っぽい声で囁く。
「うん……私も、しーちゃんを大切にするよ」
もう秘密はおしまいにしよう。
私たちは『ただの先輩と後輩』でも『推しとファン』でもない。
そんでもって『幼なじみ』も卒業。
今からは恋人同士として、堂々としーちゃんの隣に並ぶんだ。