学園王宮シークレット ~キングとナイトの溺愛戦~
3.すばる先輩と応援タップ
「おーい! シキを追っかけてきた転入生って、どの子?」
ホームルームが終わって、帰りの準備中。
ピンク色の髪をした男の子が、前の入り口から大きな声を投げ入れてきた。
サイドを編みこんだマッシュヘアーに、女の子みたいな可愛い顔。
シャツのボタンを外して、ちょっとだらしなく制服を着崩しているんだけど、それがとってもオシャレに見える。
「うそ! すばる先輩が来てるよ!」
「いつ見てもカッコかわいい~♡」
「ね~。紫己さんを追いかけてきた子って、宮さんのことだよね?」
教室に残っていた生徒たちがいっせいに、私に視線を寄せた。
な……なに? 何で!?
戸惑っていると、男の子はみんなの視線の先を追って、ゆっくりこっちに近づいてくる。
「へ~、なる。目が大きくて色白の、アプリコットの髪の美少女――って。君ね」
美少女の部分は、当てはまってるとは言い難いけど。アプリコットの長い髪は、たぶんこのクラスに私しかいない。
みんなの反応からしてこの人は、人気のある3年生なのかな。
しーちゃんに比べると小柄で華奢な印象。たしかにカッコ可愛いって言葉が似合うかもしれない。
……って、その前に。
何で私のところになんか来たの!?
「君、名前は?」
「……宮芹七、です」
「セリナちゃん、か。たしかにワンコっぽくて可愛い。まぁ、オレのタイプじゃないけど」
「はぁ……」
さらりと失礼なことを言う人だなぁ。
笑顔が素敵だから許せちゃうけど、そうとう女の子慣れしてると思う。
「あの、すばる先輩!」
近くにいた雅ちゃんが、男の子の前に立つ。
「芹七に何か用事ですか? まだ彼女は、すばる先輩のことを知らないので」
私が困っていることに気づいて、間に入ってくれたみたい。うぅ、優しい。
「あっ、そっか。じゃあまずは自己紹介ね。オレは3年A組の、早乙女すばる。シキとおんなじクラスだよ」
ああ! この人が。
さっき雅ちゃんたちが教えてくれた、『東のキング』の1人なんだね。
「でさ、シキの親友として。今朝のこと、ちょっとフォローしておかなきゃと思って」
ん? どういうこと……?
「転校初日にせっかく、シキのこと入り待ちしてファンサ頼んだのに。秒で冷たく拒否られたんでしょ?」
んん!?
「泣きながらその場を立ち去ったって聞いたけど、大丈夫だった?」
えっと……何のこと?
またちょっと、事実と違うウワサがたってるような……。
「ごめんね~。シキのやつ愛想なくて、いつもファンに冷たいんだよね。代わりにオレが謝るから。許してやって」
呆気にとられて言葉を失ってしまった。
そんな私を、今にも泣きそうって、葵ちゃんと雅ちゃんは勘違いしたみたいで――。
「芹七ってば、朝からそんなことがあったの!? 転校までしたのに辛いよね。でも紫己先輩の塩対応は、みんなが通る道だから」
「そう、そう。私たちも応援するし、頑張ろう!」
そんなふうに優しく慰めてくれる。
ちっ、違うのに~。どうしよう、また上手く説明できなかった。
私があたふたしていると、すばる先輩が得意げな顔で、さらにワケの分からないことを言ってくる。
「そんな君に朗報! シキがファンの気持ちを唯一受けとめて、感謝してくれるシステムがあるんだ!」
ブレザーのポケットからスマホをとりだして、人差し指で画面をトントンと叩く。
「だからオレたちの投稿全部に、『応援タップ』よろしくね♡」
投稿……? 応援タップ……?
「えっと……それって、何ですか?」
「え~知らないの? ほら、秀麗に入った時スマホに【OQu】っていうアプリ落としたじゃん」
そういえば。入学時に必須だってことで、ログインした覚えがある。
たしか秀麗学園の、校内専用コミュニケーションアプリ。
先生が授業の連絡をしたり、生徒が画像や動画を共有したり、自由にメッセージを伝えられるツールだって言ってた。
人気のあるSNSアプリを統合したようなものらしいけど。不特定多数の人が使うのとは違って、安心だからどんどん活用するようにって、説明されたっけ。
「ごめんなさい。まだ1回しか、開いたことがなくて」
「だよね~。タップ数が増えてないから、そんなことだと思った。じゃあオレが、直々に教えてあげるね」
すばる先輩は屈託なく笑うと、突然、私の肩をグイッと左手で引き寄せた。
そしてスマホを持った反対の手を前に伸ばすと、カメラを正面からこっちに向ける。
「は~い、セリナちゃん。笑って~♡」
うわっ、先輩。顔が近いデスっ!
彼のピンクのやわらかい髪が、私の頬をかすめた。
そんでもってこれって、カップル自撮りってヤツでは……。
ピロリン。
視線を泳がせている間に、シャッターが切れてしまった。
笑うどころか、ぜったいに半目で写っちゃったよ。
すばる先輩は撮った画像をチェックして、素早くスマホを操作する。
オーキューとかいうアプリを開いてるみたいだけど――。
「画像のアップおっけー!」
その声を合図に、葵ちゃんと雅ちゃんのスマホが同時に着信音を響かせた。
2人だけじゃなく教室ににいた全員が、自分の画面を確認する。
「は~い、みんな。パタパタよろしくね♡」
パタパタ??
女の子達がテンション高めにスマホをタップし始める。
すばる先輩は満足そうにその光景を見渡してから、私にクルリと振り返った。
「ほら、セリナちゃんも早く!」
促されて、私も慌てて自分の【OQu】をひらく。
新着アイコンを押すと3年A組のタイムラインには、すばる先輩が片目をとじてニコッと笑ってる写真があがっていた。
となりで肩を組まれているはずの私の顔は、一応スタンプで隠してくれている。
でもキャプションには『Well come★』の文字が書かれているから、見る人が見れば誰だか分かるかも。
そして何より注目すべきは、その下!
うちわの形をしたボタンがあって、タップするとパタパタ揺れるんだ。
SNSでいうところの『いいね♡』と同じだと思う。
横にある数字が、見ている間にもどんどん増えていって……。あっという間に432?
秀麗の生徒数が500人くらいのはずだから、ほとんどの人がこの一瞬に、うちわボタンをパタパタしてることになる。すごい!
「ねえねぇ、覚えた? これが応援タップだよ」
「はい、たしかにうちわでパタパタしてますね。アイドルを応援してるみたいで面白いです」
「じゃあ、過去のオレの投稿に、全部パタパタちょうだいね♡」
「えぇ!? さかのぼって全部、ですか?」
何件あるの? すばる先輩だけ、以上に多い気がするんだけど……。
「次の体育祭で、オレたち3-Aにとっては、この数字がめっちゃ重要になってくるから」
「アプリと体育祭って……どういう関係があるんですか?」
「あ~、それもまだ聞いてないんだ。秀麗ってイベント重視ってことは知ってるよね?」
うん、何でも競い合うって聞いてる。
「イベントでの勝利と、【OQu】の応援タップ数。実力と人気を兼ねそなえたクラスが、本当の勝者『キング』って呼ばれるわけ」
ひぇ~。頭が良くてお祭り好きな、秀麗学園っぽい仕組みだなぁ。
じゃあ、すっごく重要な数字ってことだよね。
そんでもって、すばる先輩みたいなアピール上手のイケメンがいた方が、だんぜん有利。
だってこんなカッコイイ写真をアップして「応援よろしく♡」なんて言われたら、絶対にパタパタしちゃうもん!
ああ、なるほど。
だから3年A組がずっと『東のキング』なんだ。
「重要性は理解できた? ならシキのファンとして、オレの投稿は毎日チェックすること!」
「はい、できるだけ……」
「ダメダメ! そんなんじゃシキに気持ちは伝わらないよ? A組がキングでいる為には、応援タップが必要不可欠なんだから」
「はぁ……」
もちろん、しーちゃんと御幸くんのクラスを応援するよ。
でもなんかこう「しーちゃんの為」って押しつけがましく連呼されるのは、ちょっと違うような……。
生返事をする私に、彼はちょっとだけイラッとした様子。
頬をふくらませながらググッと顔を近づけてきて、私にもう一度スマホ画面を見るようにうながす。
「ほら、シキだってオレの画像に全部パタパタくれてる。勝ちたいって思ってる証拠じゃん!」
「うーん、そうですかね。しーちゃ……紫己先輩はこういうの、どうでもイイって考えてる気がしますけど」
「え?」
「すばる先輩が頑張ってるのを知ってるから、ありがとうの意味で、タップしてるんじゃないですかね」
もったいないくらい自分の存在価値に疎いしーちゃんが、『キング』って呼ばれるのを、自ら望んでいるとは思えない。
もしこういうイベントに積極的なら、それは仲間のためなんじゃないかと思う。
「……へぇ。シキのにわかファンだと思ってたけど」
すばる先輩はボソッと呟く。
やばっ。幼なじみだって、バレちゃった?
「セリナちゃんって、ちゃんと古参なんだ」
な……それもちょっと違う~!
ここまでくると可笑しくなって、声を出して笑ってしまった。
すばる先輩はそんな私を見て、一瞬びっくりしたカオになる。
「へ~、イイじゃん。タイプじゃないって思ってたけど、セリナちゃんって笑うとめっちゃくちゃ可愛い」
「へ?」
「あ~そうだ! シキは倍率が高いからあきらめて、オレのファンになっちゃえば?」
ちょっ……イケメンの笑顔の破壊力よ……。
いやいや、一番の推しは絶対にしーちゃん。
そこだけは絶対に変わらないよ。
☆★☆
「はぁ、頭いたい。セリってば何で転校初日から、そんな、ややこしい事になっちゃうわけ?」
夕方6時過ぎ。しーちゃんは珍しく慌てた様子で、私の部屋に駆けこんできた。
【OQu】のタイムラインを見て、すばる先輩の横に写っているのが私だって気づいたみたい。
何でこんなことになったのかと、一から話すように迫らせる。
私はおずおずと口をひらいた。
朝、しーちゃんのモテぶりにびっくりして逃げちゃったこと。
学校のみんなに、私がしーちゃんの大ファンだって思われていること。
そしてすばる先輩のアドバイスにより、さらなる誤解が生まれてしまったことも説明した。
「――ってことで、しーちゃん! 私と幼なじみっていうのは、学校内では秘密にしとかない?」
「ヤダ」
しーちゃんは怒った口調で、私の提案をバッサリと切り捨てる。
「そんなのすぐバレるって。この1年ずっと、秀麗では他人のふりをするつもり?」
「とりあえず、学校に慣れるまででいいの。先輩と後輩であり、推しとファン、みたいな」
「ムリだと思うけど? セリってすぐ顔に出るし、嘘つけないし」
「大丈夫、大人しくしてるから。ほら。しーちゃんと一緒じゃなきゃ、私が単品で目立つこともないから」
「……はぁ。ぜんぜん分かってない」
そう苦い顔はするものの、しーちゃんは私の楽観的かつ頑固な性格をよく知っている。
だから最終的には、これ以上なにを言ってもムダって、判断したみたい。
もう一度ふか~いため息をついてから、観念したように向き直ってくれる。
「あーあ。殺虫剤まこうって思ってたのに」
ん? 急にまた、虫退治のハナシ??
「はいはい、りょーかい。体育祭が終わるまでね。そこまでは付き合ってあげる」
しぶしぶ了承してくれた。
「ありがとう~!」
お礼を言うと、しーちゃんはさらに険しい顔。
「はぁ。こんなことなら放課後、セリの教室に迎えに行けば良かった。そしたら、すばるの暴走も止められたのに」
「そういえば帰りは会わなかったね。何か用事でもあったの?」
「あー、コレ」
持っていた紙袋から、おもむろに紫色の華やかな缶を取りだした。
「昨日、言ってたやつね」
「うわ~リオンの焼き菓子セットだ~。うれしい! わざわざ1人で買いに行ってくれたの?」
「限定商品なんでしょ? 売り切れちゃうと困ると思って」
しーちゃんは私との約束を破ったことはない。
だから今回の秘密も、きっと一生懸命、守ってくれるんだろうなぁ。
「ふふっ。しーちゃん大好き♡」
思わず勢いよく、首元に飛びついてしまった。
しーちゃんは私の体を座ったまま両手で受けとめて、呆れたような困ったような、何とも微妙なカオをする。
「……ダイスキね。昨日も思ったんだけど、セリのそれって。深い意味とかないんだよね」
「どういうこと? そのままの意味だよ??」
「……じゃあ、クッキーは?」
「もちろん、大好き♡」
「……ケーキは?」
「それも好き♡」
「やっぱ、全部同じか……」
ん?? 同じ好きじゃ、ダメなの? その中でもしーちゃんはスペシャルなんだけど。
私がキョトンとしていると、しーちゃんは長い指で私の前髪をサラリとかき分けた。
「まあ、いいや。今はそれでも」
目がちょっと寂しそうに感じたのは、私の気のせいかな。
ホームルームが終わって、帰りの準備中。
ピンク色の髪をした男の子が、前の入り口から大きな声を投げ入れてきた。
サイドを編みこんだマッシュヘアーに、女の子みたいな可愛い顔。
シャツのボタンを外して、ちょっとだらしなく制服を着崩しているんだけど、それがとってもオシャレに見える。
「うそ! すばる先輩が来てるよ!」
「いつ見てもカッコかわいい~♡」
「ね~。紫己さんを追いかけてきた子って、宮さんのことだよね?」
教室に残っていた生徒たちがいっせいに、私に視線を寄せた。
な……なに? 何で!?
戸惑っていると、男の子はみんなの視線の先を追って、ゆっくりこっちに近づいてくる。
「へ~、なる。目が大きくて色白の、アプリコットの髪の美少女――って。君ね」
美少女の部分は、当てはまってるとは言い難いけど。アプリコットの長い髪は、たぶんこのクラスに私しかいない。
みんなの反応からしてこの人は、人気のある3年生なのかな。
しーちゃんに比べると小柄で華奢な印象。たしかにカッコ可愛いって言葉が似合うかもしれない。
……って、その前に。
何で私のところになんか来たの!?
「君、名前は?」
「……宮芹七、です」
「セリナちゃん、か。たしかにワンコっぽくて可愛い。まぁ、オレのタイプじゃないけど」
「はぁ……」
さらりと失礼なことを言う人だなぁ。
笑顔が素敵だから許せちゃうけど、そうとう女の子慣れしてると思う。
「あの、すばる先輩!」
近くにいた雅ちゃんが、男の子の前に立つ。
「芹七に何か用事ですか? まだ彼女は、すばる先輩のことを知らないので」
私が困っていることに気づいて、間に入ってくれたみたい。うぅ、優しい。
「あっ、そっか。じゃあまずは自己紹介ね。オレは3年A組の、早乙女すばる。シキとおんなじクラスだよ」
ああ! この人が。
さっき雅ちゃんたちが教えてくれた、『東のキング』の1人なんだね。
「でさ、シキの親友として。今朝のこと、ちょっとフォローしておかなきゃと思って」
ん? どういうこと……?
「転校初日にせっかく、シキのこと入り待ちしてファンサ頼んだのに。秒で冷たく拒否られたんでしょ?」
んん!?
「泣きながらその場を立ち去ったって聞いたけど、大丈夫だった?」
えっと……何のこと?
またちょっと、事実と違うウワサがたってるような……。
「ごめんね~。シキのやつ愛想なくて、いつもファンに冷たいんだよね。代わりにオレが謝るから。許してやって」
呆気にとられて言葉を失ってしまった。
そんな私を、今にも泣きそうって、葵ちゃんと雅ちゃんは勘違いしたみたいで――。
「芹七ってば、朝からそんなことがあったの!? 転校までしたのに辛いよね。でも紫己先輩の塩対応は、みんなが通る道だから」
「そう、そう。私たちも応援するし、頑張ろう!」
そんなふうに優しく慰めてくれる。
ちっ、違うのに~。どうしよう、また上手く説明できなかった。
私があたふたしていると、すばる先輩が得意げな顔で、さらにワケの分からないことを言ってくる。
「そんな君に朗報! シキがファンの気持ちを唯一受けとめて、感謝してくれるシステムがあるんだ!」
ブレザーのポケットからスマホをとりだして、人差し指で画面をトントンと叩く。
「だからオレたちの投稿全部に、『応援タップ』よろしくね♡」
投稿……? 応援タップ……?
「えっと……それって、何ですか?」
「え~知らないの? ほら、秀麗に入った時スマホに【OQu】っていうアプリ落としたじゃん」
そういえば。入学時に必須だってことで、ログインした覚えがある。
たしか秀麗学園の、校内専用コミュニケーションアプリ。
先生が授業の連絡をしたり、生徒が画像や動画を共有したり、自由にメッセージを伝えられるツールだって言ってた。
人気のあるSNSアプリを統合したようなものらしいけど。不特定多数の人が使うのとは違って、安心だからどんどん活用するようにって、説明されたっけ。
「ごめんなさい。まだ1回しか、開いたことがなくて」
「だよね~。タップ数が増えてないから、そんなことだと思った。じゃあオレが、直々に教えてあげるね」
すばる先輩は屈託なく笑うと、突然、私の肩をグイッと左手で引き寄せた。
そしてスマホを持った反対の手を前に伸ばすと、カメラを正面からこっちに向ける。
「は~い、セリナちゃん。笑って~♡」
うわっ、先輩。顔が近いデスっ!
彼のピンクのやわらかい髪が、私の頬をかすめた。
そんでもってこれって、カップル自撮りってヤツでは……。
ピロリン。
視線を泳がせている間に、シャッターが切れてしまった。
笑うどころか、ぜったいに半目で写っちゃったよ。
すばる先輩は撮った画像をチェックして、素早くスマホを操作する。
オーキューとかいうアプリを開いてるみたいだけど――。
「画像のアップおっけー!」
その声を合図に、葵ちゃんと雅ちゃんのスマホが同時に着信音を響かせた。
2人だけじゃなく教室ににいた全員が、自分の画面を確認する。
「は~い、みんな。パタパタよろしくね♡」
パタパタ??
女の子達がテンション高めにスマホをタップし始める。
すばる先輩は満足そうにその光景を見渡してから、私にクルリと振り返った。
「ほら、セリナちゃんも早く!」
促されて、私も慌てて自分の【OQu】をひらく。
新着アイコンを押すと3年A組のタイムラインには、すばる先輩が片目をとじてニコッと笑ってる写真があがっていた。
となりで肩を組まれているはずの私の顔は、一応スタンプで隠してくれている。
でもキャプションには『Well come★』の文字が書かれているから、見る人が見れば誰だか分かるかも。
そして何より注目すべきは、その下!
うちわの形をしたボタンがあって、タップするとパタパタ揺れるんだ。
SNSでいうところの『いいね♡』と同じだと思う。
横にある数字が、見ている間にもどんどん増えていって……。あっという間に432?
秀麗の生徒数が500人くらいのはずだから、ほとんどの人がこの一瞬に、うちわボタンをパタパタしてることになる。すごい!
「ねえねぇ、覚えた? これが応援タップだよ」
「はい、たしかにうちわでパタパタしてますね。アイドルを応援してるみたいで面白いです」
「じゃあ、過去のオレの投稿に、全部パタパタちょうだいね♡」
「えぇ!? さかのぼって全部、ですか?」
何件あるの? すばる先輩だけ、以上に多い気がするんだけど……。
「次の体育祭で、オレたち3-Aにとっては、この数字がめっちゃ重要になってくるから」
「アプリと体育祭って……どういう関係があるんですか?」
「あ~、それもまだ聞いてないんだ。秀麗ってイベント重視ってことは知ってるよね?」
うん、何でも競い合うって聞いてる。
「イベントでの勝利と、【OQu】の応援タップ数。実力と人気を兼ねそなえたクラスが、本当の勝者『キング』って呼ばれるわけ」
ひぇ~。頭が良くてお祭り好きな、秀麗学園っぽい仕組みだなぁ。
じゃあ、すっごく重要な数字ってことだよね。
そんでもって、すばる先輩みたいなアピール上手のイケメンがいた方が、だんぜん有利。
だってこんなカッコイイ写真をアップして「応援よろしく♡」なんて言われたら、絶対にパタパタしちゃうもん!
ああ、なるほど。
だから3年A組がずっと『東のキング』なんだ。
「重要性は理解できた? ならシキのファンとして、オレの投稿は毎日チェックすること!」
「はい、できるだけ……」
「ダメダメ! そんなんじゃシキに気持ちは伝わらないよ? A組がキングでいる為には、応援タップが必要不可欠なんだから」
「はぁ……」
もちろん、しーちゃんと御幸くんのクラスを応援するよ。
でもなんかこう「しーちゃんの為」って押しつけがましく連呼されるのは、ちょっと違うような……。
生返事をする私に、彼はちょっとだけイラッとした様子。
頬をふくらませながらググッと顔を近づけてきて、私にもう一度スマホ画面を見るようにうながす。
「ほら、シキだってオレの画像に全部パタパタくれてる。勝ちたいって思ってる証拠じゃん!」
「うーん、そうですかね。しーちゃ……紫己先輩はこういうの、どうでもイイって考えてる気がしますけど」
「え?」
「すばる先輩が頑張ってるのを知ってるから、ありがとうの意味で、タップしてるんじゃないですかね」
もったいないくらい自分の存在価値に疎いしーちゃんが、『キング』って呼ばれるのを、自ら望んでいるとは思えない。
もしこういうイベントに積極的なら、それは仲間のためなんじゃないかと思う。
「……へぇ。シキのにわかファンだと思ってたけど」
すばる先輩はボソッと呟く。
やばっ。幼なじみだって、バレちゃった?
「セリナちゃんって、ちゃんと古参なんだ」
な……それもちょっと違う~!
ここまでくると可笑しくなって、声を出して笑ってしまった。
すばる先輩はそんな私を見て、一瞬びっくりしたカオになる。
「へ~、イイじゃん。タイプじゃないって思ってたけど、セリナちゃんって笑うとめっちゃくちゃ可愛い」
「へ?」
「あ~そうだ! シキは倍率が高いからあきらめて、オレのファンになっちゃえば?」
ちょっ……イケメンの笑顔の破壊力よ……。
いやいや、一番の推しは絶対にしーちゃん。
そこだけは絶対に変わらないよ。
☆★☆
「はぁ、頭いたい。セリってば何で転校初日から、そんな、ややこしい事になっちゃうわけ?」
夕方6時過ぎ。しーちゃんは珍しく慌てた様子で、私の部屋に駆けこんできた。
【OQu】のタイムラインを見て、すばる先輩の横に写っているのが私だって気づいたみたい。
何でこんなことになったのかと、一から話すように迫らせる。
私はおずおずと口をひらいた。
朝、しーちゃんのモテぶりにびっくりして逃げちゃったこと。
学校のみんなに、私がしーちゃんの大ファンだって思われていること。
そしてすばる先輩のアドバイスにより、さらなる誤解が生まれてしまったことも説明した。
「――ってことで、しーちゃん! 私と幼なじみっていうのは、学校内では秘密にしとかない?」
「ヤダ」
しーちゃんは怒った口調で、私の提案をバッサリと切り捨てる。
「そんなのすぐバレるって。この1年ずっと、秀麗では他人のふりをするつもり?」
「とりあえず、学校に慣れるまででいいの。先輩と後輩であり、推しとファン、みたいな」
「ムリだと思うけど? セリってすぐ顔に出るし、嘘つけないし」
「大丈夫、大人しくしてるから。ほら。しーちゃんと一緒じゃなきゃ、私が単品で目立つこともないから」
「……はぁ。ぜんぜん分かってない」
そう苦い顔はするものの、しーちゃんは私の楽観的かつ頑固な性格をよく知っている。
だから最終的には、これ以上なにを言ってもムダって、判断したみたい。
もう一度ふか~いため息をついてから、観念したように向き直ってくれる。
「あーあ。殺虫剤まこうって思ってたのに」
ん? 急にまた、虫退治のハナシ??
「はいはい、りょーかい。体育祭が終わるまでね。そこまでは付き合ってあげる」
しぶしぶ了承してくれた。
「ありがとう~!」
お礼を言うと、しーちゃんはさらに険しい顔。
「はぁ。こんなことなら放課後、セリの教室に迎えに行けば良かった。そしたら、すばるの暴走も止められたのに」
「そういえば帰りは会わなかったね。何か用事でもあったの?」
「あー、コレ」
持っていた紙袋から、おもむろに紫色の華やかな缶を取りだした。
「昨日、言ってたやつね」
「うわ~リオンの焼き菓子セットだ~。うれしい! わざわざ1人で買いに行ってくれたの?」
「限定商品なんでしょ? 売り切れちゃうと困ると思って」
しーちゃんは私との約束を破ったことはない。
だから今回の秘密も、きっと一生懸命、守ってくれるんだろうなぁ。
「ふふっ。しーちゃん大好き♡」
思わず勢いよく、首元に飛びついてしまった。
しーちゃんは私の体を座ったまま両手で受けとめて、呆れたような困ったような、何とも微妙なカオをする。
「……ダイスキね。昨日も思ったんだけど、セリのそれって。深い意味とかないんだよね」
「どういうこと? そのままの意味だよ??」
「……じゃあ、クッキーは?」
「もちろん、大好き♡」
「……ケーキは?」
「それも好き♡」
「やっぱ、全部同じか……」
ん?? 同じ好きじゃ、ダメなの? その中でもしーちゃんはスペシャルなんだけど。
私がキョトンとしていると、しーちゃんは長い指で私の前髪をサラリとかき分けた。
「まあ、いいや。今はそれでも」
目がちょっと寂しそうに感じたのは、私の気のせいかな。