学園王宮シークレット ~キングとナイトの溺愛戦~

3.すばる先輩と応援タップ

「おーい! シキを追っかけてきた転入生って、どの子?」

 ホームルームが終わって、帰りの準備中。
 ピンク色の髪をした男の子が、前の入り口から大きな声を投げ入れてきた。
 サイドを編みこんだマッシュヘアーに、女の子みたいな可愛い顔。
 シャツのボタンを外して、ちょっとだらしなく制服を着崩しているんだけど、それがとってもオシャレに見える。
 
「うそ! すばる先輩が来てるよ!」
「いつ見てもカッコかわいい~♡」
「ね~。紫己さんを追いかけてきた子って、宮さんのことだよね?」

 教室に残っていた生徒たちがいっせいに、私に視線を寄せた。
 な……なに? 何で!?
 戸惑っていると、男の子はみんなの視線の先を追って、ゆっくりこっちに近づいてくる。

「へ~、なる。目が大きくて色白の、アプリコットの髪の美少女――って。君ね」

 美少女の部分は、当てはまってるとは言い難いけど。アプリコットの長い髪は、たぶんこのクラスに私しかいない。
 みんなの反応からしてこの人は、人気のある3年生なのかな。
 しーちゃんに比べると小柄で華奢な印象。たしかにカッコ可愛いって言葉が似合うかもしれない。
 ……って、その前に。
 何で私のところになんか来たの!?

「君、名前は?」
「……宮芹七、です」
「セリナちゃん、か。たしかにワンコっぽくて可愛い。まぁ、オレのタイプじゃないけど」
「はぁ……」

 さらりと失礼なことを言う人だなぁ。
 笑顔が素敵だから許せちゃうけど、そうとう女の子慣れしてると思う。

「あの、すばる先輩!」

 近くにいた雅ちゃんが、男の子の前に立つ。

「芹七に何か用事ですか? まだ彼女は、すばる先輩のことを知らないので」

 私が困っていることに気づいて、間に入ってくれたみたい。うぅ、優しい。
 
「あっ、そっか。じゃあまずは自己紹介ね。オレは3年A組の、早乙女すばる。シキとおんなじクラスだよ」

 ああ! この人が。
 さっき雅ちゃんたちが教えてくれた、『東のキング』の1人なんだね。

「でさ、シキの親友として。今朝のこと、ちょっとフォローしておかなきゃと思って」

 ん? どういうこと……?

「転校初日にせっかく、シキのこと入り待ちしてファンサ頼んだのに。秒で冷たく拒否られたんでしょ?」

 んん!?

「泣きながらその場を立ち去ったって聞いたけど、大丈夫だった?」

 えっと……何のこと?
 またちょっと、事実と違うウワサがたってるような……。

「ごめんね~。シキのやつ愛想なくて、いつもファンに冷たいんだよね。代わりにオレが謝るから。許してやって」
 
 呆気にとられて言葉を失ってしまった。
 そんな私を、今にも泣きそうって、葵ちゃんと雅ちゃんは勘違いしたみたいで――。

「芹七ってば、朝からそんなことがあったの!? 転校までしたのに辛いよね。でも紫己先輩の塩対応は、みんなが通る道だから」
「そう、そう。私たちも応援するし、頑張ろう!」

 そんなふうに優しく慰めてくれる。
 ちっ、違うのに~。どうしよう、また上手く説明できなかった。
 私があたふたしていると、すばる先輩が得意げな顔で、さらにワケの分からないことを言ってくる。

「そんな君に朗報! シキがファンの気持ちを唯一受けとめて、感謝してくれるシステムがあるんだ!」

 ブレザーのポケットからスマホをとりだして、人差し指で画面をトントンと叩く。

「だからオレたちの投稿全部に、『応援タップ』よろしくね♡」

 投稿……? 応援タップ……?

「えっと……それって、何ですか?」
「え~知らないの? ほら、秀麗(ウチ)に入った時スマホに【OQu(オーキュー)】っていうアプリ落としたじゃん」

 そういえば。入学時に必須だってことで、ログインした覚えがある。
 たしか秀麗学園の、校内専用コミュニケーションアプリ。
 先生が授業の連絡をしたり、生徒が画像や動画を共有したり、自由にメッセージを伝えられるツールだって言ってた。
 人気のあるSNSアプリを統合したようなものらしいけど。不特定多数の人が使うのとは違って、安心だからどんどん活用するようにって、説明されたっけ。

「ごめんなさい。まだ1回しか、開いたことがなくて」
「だよね~。タップ数が増えてないから、そんなことだと思った。じゃあオレが、直々に教えてあげるね」

 すばる先輩は屈託なく笑うと、突然、私の肩をグイッと左手で引き寄せた。
 そしてスマホを持った反対の手を前に伸ばすと、カメラを正面からこっちに向ける。 

「は~い、セリナちゃん。笑って~♡」

 うわっ、先輩。顔が近いデスっ!
 彼のピンクのやわらかい髪が、私の頬をかすめた。
 そんでもってこれって、カップル自撮りってヤツでは……。

 ピロリン。
 視線を泳がせている間に、シャッターが切れてしまった。
 笑うどころか、ぜったいに半目で写っちゃったよ。

 すばる先輩は撮った画像をチェックして、素早くスマホを操作する。
 オーキューとかいうアプリを開いてるみたいだけど――。

「画像のアップおっけー!」

 その声を合図に、葵ちゃんと雅ちゃんのスマホが同時に着信音を響かせた。
 2人だけじゃなく教室ににいた全員が、自分の画面を確認する。

「は~い、みんな。パタパタ(・・・・)よろしくね♡」

 パタパタ??
 女の子達がテンション高めにスマホをタップし始める。
 すばる先輩は満足そうにその光景を見渡してから、私にクルリと振り返った。

「ほら、セリナちゃんも早く!」

 促されて、私も慌てて自分の【OQu(オーキュー)】をひらく。
 新着アイコンを押すと3年A組のタイムラインには、すばる先輩が片目をとじてニコッと笑ってる写真があがっていた。
 となりで肩を組まれているはずの私の顔は、一応スタンプで隠してくれている。
 でもキャプションには『Well come★』の文字が書かれているから、見る人が見れば誰だか分かるかも。
 
 そして何より注目すべきは、その下!
 うちわの形をしたボタンがあって、タップするとパタパタ揺れるんだ。
 SNSでいうところの『いいね♡』と同じだと思う。
 横にある数字が、見ている間にもどんどん増えていって……。あっという間に432? 
 秀麗の生徒数が500人くらいのはずだから、ほとんどの人がこの一瞬に、うちわボタンをパタパタしてることになる。すごい!

「ねえねぇ、覚えた? これが応援タップだよ」
「はい、たしかにうちわでパタパタしてますね。アイドルを応援してるみたいで面白いです」
「じゃあ、過去のオレの投稿に、全部パタパタちょうだいね♡」
「えぇ!? さかのぼって全部、ですか?」

 何件あるの? すばる先輩だけ、以上に多い気がするんだけど……。

「次の体育祭で、オレたち3-Aにとっては、この数字がめっちゃ重要になってくるから」
「アプリと体育祭って……どういう関係があるんですか?」
「あ~、それもまだ聞いてないんだ。秀麗ってイベント重視ってことは知ってるよね?」

 うん、何でも競い合うって聞いてる。

「イベントでの勝利と、【OQu】の応援タップ数。実力と人気を兼ねそなえたクラスが、本当の勝者『キング』って呼ばれるわけ」

 ひぇ~。頭が良くてお祭り好きな、秀麗学園っぽい仕組みだなぁ。
 じゃあ、すっごく重要な数字ってことだよね。
 そんでもって、すばる先輩みたいなアピール上手のイケメンがいた方が、だんぜん有利。
 だってこんなカッコイイ写真をアップして「応援よろしく♡」なんて言われたら、絶対にパタパタしちゃうもん!
 ああ、なるほど。
 だから3年A組がずっと『東のキング』なんだ。

「重要性は理解できた? ならシキのファンとして、オレの投稿は毎日チェックすること!」
「はい、できるだけ……」
「ダメダメ! そんなんじゃシキに気持ちは伝わらないよ? A組がキングでいる為には、応援タップが必要不可欠なんだから」
「はぁ……」

 もちろん、しーちゃんと御幸くんのクラスを応援するよ。
 でもなんかこう「しーちゃんの為」って押しつけがましく連呼されるのは、ちょっと違うような……。
 生返事をする私に、彼はちょっとだけイラッとした様子。
 頬をふくらませながらググッと顔を近づけてきて、私にもう一度スマホ画面を見るようにうながす。

「ほら、シキだってオレの画像に全部パタパタくれてる。勝ちたいって思ってる証拠じゃん!」
「うーん、そうですかね。しーちゃ……紫己先輩はこういうの、どうでもイイって考えてる気がしますけど」
「え?」
「すばる先輩が頑張ってるのを知ってるから、ありがとうの意味で、タップしてるんじゃないですかね」

 もったいないくらい自分の存在価値に疎いしーちゃんが、『キング』って呼ばれるのを、自ら望んでいるとは思えない。
 もしこういうイベントに積極的なら、それは仲間のためなんじゃないかと思う。

「……へぇ。シキのにわかファンだと思ってたけど」

 すばる先輩はボソッと呟く。
 やばっ。幼なじみだって、バレちゃった?

「セリナちゃんって、ちゃんと古参なんだ」

 な……それもちょっと違う~!
 ここまでくると可笑しくなって、声を出して笑ってしまった。
 すばる先輩はそんな私を見て、一瞬びっくりしたカオになる。

「へ~、イイじゃん。タイプじゃないって思ってたけど、セリナちゃんって笑うとめっちゃくちゃ可愛い」
「へ?」
「あ~そうだ! シキは倍率が高いからあきらめて、オレのファンになっちゃえば?」

 ちょっ……イケメンの笑顔の破壊力よ……。
 いやいや、一番の推しは絶対にしーちゃん。
 そこだけは絶対に変わらないよ。
 
 
 ☆★☆


「はぁ、頭いたい。セリってば何で転校初日から、そんな、ややこしい事になっちゃうわけ?」

 夕方6時過ぎ。しーちゃんは珍しく慌てた様子で、私の部屋に駆けこんできた。
OQu(オーキュー)】のタイムラインを見て、すばる先輩の横に写っているのが私だって気づいたみたい。
 何でこんなことになったのかと、一から話すように迫らせる。

 私はおずおずと口をひらいた。
 朝、しーちゃんのモテぶりにびっくりして逃げちゃったこと。
 学校のみんなに、私がしーちゃんの大ファンだって思われていること。
 そしてすばる先輩のアドバイスにより、さらなる誤解が生まれてしまったことも説明した。

「――ってことで、しーちゃん! 私と幼なじみっていうのは、学校内では秘密にしとかない?」
「ヤダ」

 しーちゃんは怒った口調で、私の提案をバッサリと切り捨てる。

「そんなのすぐバレるって。この1年ずっと、秀麗では他人のふりをするつもり?」
「とりあえず、学校に慣れるまででいいの。先輩と後輩であり、推しとファン、みたいな」
「ムリだと思うけど? セリってすぐ顔に出るし、嘘つけないし」
「大丈夫、大人しくしてるから。ほら。しーちゃんと一緒じゃなきゃ、私が単品で目立つこともないから」
「……はぁ。ぜんぜん分かってない」

 そう苦い顔はするものの、しーちゃんは私の楽観的かつ頑固な性格をよく知っている。
 だから最終的には、これ以上なにを言ってもムダって、判断したみたい。
 もう一度ふか~いため息をついてから、観念したように向き直ってくれる。

「あーあ。殺虫剤まこうって思ってたのに」

 ん? 急にまた、虫退治のハナシ??

「はいはい、りょーかい。体育祭が終わるまでね。そこまでは付き合ってあげる」

 しぶしぶ了承してくれた。

「ありがとう~!」

 お礼を言うと、しーちゃんはさらに険しい顔。

「はぁ。こんなことなら放課後、セリの教室に迎えに行けば良かった。そしたら、すばるの暴走も止められたのに」
「そういえば帰りは会わなかったね。何か用事でもあったの?」
「あー、コレ」

 持っていた紙袋から、おもむろに紫色の華やかな缶を取りだした。

「昨日、言ってたやつね」
「うわ~リオンの焼き菓子セットだ~。うれしい! わざわざ1人で買いに行ってくれたの?」
「限定商品なんでしょ? 売り切れちゃうと困ると思って」

 しーちゃんは私との約束を破ったことはない。
 だから今回の秘密も、きっと一生懸命、守ってくれるんだろうなぁ。

「ふふっ。しーちゃん大好き♡」

 思わず勢いよく、首元に飛びついてしまった。
 しーちゃんは私の体を座ったまま両手で受けとめて、呆れたような困ったような、何とも微妙なカオをする。

「……ダイスキね。昨日も思ったんだけど、セリのそれって。深い意味とかないんだよね」
「どういうこと? そのままの意味だよ??」
「……じゃあ、クッキーは?」
「もちろん、大好き♡」
「……ケーキは?」
「それも好き♡」
「やっぱ、全部同じか……」

 ん?? 同じ好きじゃ、ダメなの? その中でもしーちゃんはスペシャルなんだけど。
 私がキョトンとしていると、しーちゃんは長い指で私の前髪をサラリとかき分けた。

「まあ、いいや。今はそれでも」

 目がちょっと寂しそうに感じたのは、私の気のせいかな。
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