学園王宮シークレット ~キングとナイトの溺愛戦~
5.『西のナイト』黒崎先輩
『黒崎にはなるべく近づかないこと。あいつは何かと、僕をライバル視してくるから』
しーちゃんにそう忠告されて、「もちろん!」と力強くうなずく。
部活も委員会も入ってない私は、そもそもA組以外の3年生とは関わる機会がほぼない。
でも体育祭が近づくにつれ、黒崎先輩とE組のウワサだけは毎日、耳に入ってきた。
「やっぱ黒崎先輩って、足はやいよね~。さすがサッカー部のエース♡」
「E組の人たちって全員、高校からのスカウトもすごいんでしょ?」
「今年こそ、Eクラの優勝あるんじゃないの?」
3年E組はスポーツ万能の硬派なイケメンの集まりだって、葵ちゃんと雅ちゃんが教えてくれた。
しーちゃん達のA組『東のキング』に対抗して、『西のナイト』なんて呼ばれてるらしい。
意外にも、男女とわず人気があるみたいでびっくり!
だって他のメンバーは知らないけど、私にとって黒崎綾人先輩の第一印象は最悪だもん。
口が悪くて乱暴で、怖いっていうイメージしかない。
だから少なくとも体育祭までは、絶対に関わらないつもりでいたの。
なのに――。
☆★☆
お昼休みまっただ中の、人気のない理科室。
今、私はなぜかまた、黒崎先輩に睨みつけられている。
「……見たな? 今、見たよな? お前」
4時間目の授業で忘れた、ペンケースを取りにきただけなのに……。
どうして先輩はこんなところで、制服のズボンを脱いでるのしょう!?
「す、すみません! お着替え中とは思わなくて!」
次が体育なのかな? 制服のブレザーが足もとに脱ぎ捨てられていて、上半身は学年カラーの赤いジャージ。
あと下だけ履き替えれば完了! といったタイミングに、どうやら私は出くわしてしまったみたい。
「忘れ物をとりに来たんです! それだけなんです!」
聞かれてもいないのに、慌てて言い訳をする。
奥の机に置きっぱなしのペンケースを見つけたけど、この人の後ろに回って取りにいく勇気はない。
黒崎先輩は私の言葉にはいっさい反応せず、黙って着替えを進めていた。
ベルトのカチャカチャした金属音と、衣類のこすれる音。
少しして彼は上下とも、赤いジャージ姿になった。
「あ、あの。また後でにしますね……」
とりあえず、ここから出よう。
むりやりに笑ってから、回れ右! をした。
でも黒崎先輩は私を逃がしてくれず、素早く駆けよってきてバンッと入り口を足でふさぐ。
は、早い! ……っていうか、これは足ドンってやつでは?
「聞いてんだろ。お前、見たのかよ?」
「な……何をでしょう……」
「あぁ?」
顔を近づけられて、至近距離ですごまれた。
よく見ると、やっぱりイケメンなんだなぁ。
長い前髪の間から見え隠れする、眼力の強い金色がかった猫目。その両方の目元に小さなホクロがあって、それがちょっと色っぽいなんて、思えたりもする。
……でも。
うぅ……やっぱりガラが悪すぎだよ。
「見えませんでしたよ。特に心配するようなものは、何も」
早く立ち去りたくて、できるだけ毅然と答える。
「本当だな?」
「はい。苺のパンツは、すごく可愛いなって思いましたけど」
「!? て、てめぇ……見えてんじゃねぇか!」
うそ、それが地雷だったの!?
私の言葉を聞いた黒崎先輩は、とたんに顔を耳まで真っ赤に染めた。
あれれ? 意外に恥ずかしがり屋?
「……ったく。せっかくわざわざ、誰もいないとこで着替えたっつーのに」
そして俯きながらこぶしを握り、わなわなと肩を震わせる。
まずい! 私ってばまた、怒らせちゃったみたい?
「本当に、失礼しました~!!」
「おい、ちょっと待て……」
先輩がうなだれた隙をついて、私は一目散に廊下へ飛びだした。
理科室のある北校舎1階から渡り廊下を走って、教室の並ぶ南校舎へと急ぐ。
しかたない。ペンケースはまた放課後にでもとりに戻ろう。
途中で、友達と談笑しながら歩いていた御幸くんとすれ違う。
「セリちゃん、走ったら危ないよ。この廊下、ワックスかけたばっかだから」
「……ありがとっ」
「ん? どうした? 何か慌ててるみたいだけど」
「ううん。何でもないよ。えっと、御幸くんは今から生徒会のお仕事?」
足を止めて他愛もない会話を交わしていると、背後から激突する勢いで、黒崎先輩がこっちに向かってきた。
「おい、待てって!!」
ひぃ~、ウソでしょ!? あの速さ、尋常じゃない。
さすがサッカー部のエース! って、感心してる場合じゃないし。
苺のパンツを見ちゃった私がいけないの!?
ゴメンナサイ。できるだけ脳内を消去するので、もう許して下さい。
「御幸くん、ごめんね。じゃあまた、放課後!」
「ちょっと、セリちゃん?」
心配そうな目を向けた御幸くんに小さく手をふって、私は再び走り出した。
廊下を渡り切って階段をのぼりかけた時、黒崎先輩の気配をすぐ後ろに感じる。
「おい、だから待てって! その髪の長い2年!」
「きゃー、ホントすみません。だからもう怒らないで下さい!」
「はぁ、怒ってなんかねーよ! いいから止まれ!」
この状況で捕まったら、何をされるか分からない。
振り返らずに、階段をいっきに中段まで駆け上って――。
御幸くんの忠告してくれたにもかかわらず、私はツルりと足を滑らせた。
「きゃっ!」
体が斜めに傾いて、一瞬、宙に浮いたような感覚になる。
後ろにいたはずの黒崎先輩が、私の視界に映りこんで――。
落ちちゃう! って、ぎゅっと目をつむった刹那。
彼の右手が素早く、そして強く。私の体を抱えこんだ。
ドンっ!
そして気づいた時には、私は黒崎先輩の両腕の中。しっかりと包まれながら、階段下に転がっていた。
痛ぁ~……くない??
固い筋肉質な彼の体が、クッションがわりになってくれたみたい。
「いってぇ……」
私の代わりに、彼が小さくうめき声をもらす。
どうしよう! 私をかばって、黒崎先輩が下敷きになっちゃった。
「す、すみません!」
「あー……お前、ケガは? ちゃんと立てっか?」
「はい、大丈夫です! 私はどこも痛くなくて。あの、先輩こそ……」
「オレも平気だから。ほら、とりあえず上からどけっ」
黒崎先輩はそう言って、グリーンメッシュの髪を乱暴にかきあげる。
でも手の甲がすりむけていて、血が出ているのを見つけてしまった。
私は彼の胸から飛び退いたあと、慌てて持ち歩いている絆創膏をとりだす。
「とりあえず、これを」
「イイって、そんなの」
黒崎先輩はゆっくりと立ち上がった。
執拗に追いかけられたのが原因とはいえ、こうなっては、知らん顔で逃げ出すこともできない。
そもそも先輩は、何であんなに必死になって、私のことを呼び止めたの?
「はー。お前の忘れもんって、コレだろ?」
彼はそうぶっきらぼうに呟いて、すみれ色のペンケースを差し出す。
マカロンのイラストがポップに描かれたお気に入り。私が置き忘れたものに間違いない。
「え? え? わざわざ持ってきてくれたんですか?」
「だってコレ、取りに来たんだろ? それなのに何度呼んでも、逃げっから」
鋭い目で淡々と話す黒崎先輩は、やっぱりちょっと怖い。
でも第一印象ほど、嫌な人という気はしなかった。
「ありがとうございました。あのっ」
ペンケースを受けとって、改めて謝ろうとすると――
「あれ? お前もしかしてこの前、天海と一緒に体育倉庫にいたヤツか?」
彼は初めてそこで、私があの日文句を言った女子だと、気づいたようだった。
どこかバツ悪そうに、ポリポリとこめかみを引っ掻く。
私は先輩に近づいて、躊躇いながらも自分の手を差し出した。
「まず、怪我してるところを見せて下さい」
すりむいただけなのか、打撲してないか。ちゃんと確認させて欲しい。
でも黒崎先輩は犬猫を追い払うみたいに、シッシッと手の平を横に振った。
「イイから、もう行け。授業が始まる」
後ろ髪をひかれつつも、私はその言葉にホッとして、すぐに背中を向けた。
しーちゃんにそう忠告されて、「もちろん!」と力強くうなずく。
部活も委員会も入ってない私は、そもそもA組以外の3年生とは関わる機会がほぼない。
でも体育祭が近づくにつれ、黒崎先輩とE組のウワサだけは毎日、耳に入ってきた。
「やっぱ黒崎先輩って、足はやいよね~。さすがサッカー部のエース♡」
「E組の人たちって全員、高校からのスカウトもすごいんでしょ?」
「今年こそ、Eクラの優勝あるんじゃないの?」
3年E組はスポーツ万能の硬派なイケメンの集まりだって、葵ちゃんと雅ちゃんが教えてくれた。
しーちゃん達のA組『東のキング』に対抗して、『西のナイト』なんて呼ばれてるらしい。
意外にも、男女とわず人気があるみたいでびっくり!
だって他のメンバーは知らないけど、私にとって黒崎綾人先輩の第一印象は最悪だもん。
口が悪くて乱暴で、怖いっていうイメージしかない。
だから少なくとも体育祭までは、絶対に関わらないつもりでいたの。
なのに――。
☆★☆
お昼休みまっただ中の、人気のない理科室。
今、私はなぜかまた、黒崎先輩に睨みつけられている。
「……見たな? 今、見たよな? お前」
4時間目の授業で忘れた、ペンケースを取りにきただけなのに……。
どうして先輩はこんなところで、制服のズボンを脱いでるのしょう!?
「す、すみません! お着替え中とは思わなくて!」
次が体育なのかな? 制服のブレザーが足もとに脱ぎ捨てられていて、上半身は学年カラーの赤いジャージ。
あと下だけ履き替えれば完了! といったタイミングに、どうやら私は出くわしてしまったみたい。
「忘れ物をとりに来たんです! それだけなんです!」
聞かれてもいないのに、慌てて言い訳をする。
奥の机に置きっぱなしのペンケースを見つけたけど、この人の後ろに回って取りにいく勇気はない。
黒崎先輩は私の言葉にはいっさい反応せず、黙って着替えを進めていた。
ベルトのカチャカチャした金属音と、衣類のこすれる音。
少しして彼は上下とも、赤いジャージ姿になった。
「あ、あの。また後でにしますね……」
とりあえず、ここから出よう。
むりやりに笑ってから、回れ右! をした。
でも黒崎先輩は私を逃がしてくれず、素早く駆けよってきてバンッと入り口を足でふさぐ。
は、早い! ……っていうか、これは足ドンってやつでは?
「聞いてんだろ。お前、見たのかよ?」
「な……何をでしょう……」
「あぁ?」
顔を近づけられて、至近距離ですごまれた。
よく見ると、やっぱりイケメンなんだなぁ。
長い前髪の間から見え隠れする、眼力の強い金色がかった猫目。その両方の目元に小さなホクロがあって、それがちょっと色っぽいなんて、思えたりもする。
……でも。
うぅ……やっぱりガラが悪すぎだよ。
「見えませんでしたよ。特に心配するようなものは、何も」
早く立ち去りたくて、できるだけ毅然と答える。
「本当だな?」
「はい。苺のパンツは、すごく可愛いなって思いましたけど」
「!? て、てめぇ……見えてんじゃねぇか!」
うそ、それが地雷だったの!?
私の言葉を聞いた黒崎先輩は、とたんに顔を耳まで真っ赤に染めた。
あれれ? 意外に恥ずかしがり屋?
「……ったく。せっかくわざわざ、誰もいないとこで着替えたっつーのに」
そして俯きながらこぶしを握り、わなわなと肩を震わせる。
まずい! 私ってばまた、怒らせちゃったみたい?
「本当に、失礼しました~!!」
「おい、ちょっと待て……」
先輩がうなだれた隙をついて、私は一目散に廊下へ飛びだした。
理科室のある北校舎1階から渡り廊下を走って、教室の並ぶ南校舎へと急ぐ。
しかたない。ペンケースはまた放課後にでもとりに戻ろう。
途中で、友達と談笑しながら歩いていた御幸くんとすれ違う。
「セリちゃん、走ったら危ないよ。この廊下、ワックスかけたばっかだから」
「……ありがとっ」
「ん? どうした? 何か慌ててるみたいだけど」
「ううん。何でもないよ。えっと、御幸くんは今から生徒会のお仕事?」
足を止めて他愛もない会話を交わしていると、背後から激突する勢いで、黒崎先輩がこっちに向かってきた。
「おい、待てって!!」
ひぃ~、ウソでしょ!? あの速さ、尋常じゃない。
さすがサッカー部のエース! って、感心してる場合じゃないし。
苺のパンツを見ちゃった私がいけないの!?
ゴメンナサイ。できるだけ脳内を消去するので、もう許して下さい。
「御幸くん、ごめんね。じゃあまた、放課後!」
「ちょっと、セリちゃん?」
心配そうな目を向けた御幸くんに小さく手をふって、私は再び走り出した。
廊下を渡り切って階段をのぼりかけた時、黒崎先輩の気配をすぐ後ろに感じる。
「おい、だから待てって! その髪の長い2年!」
「きゃー、ホントすみません。だからもう怒らないで下さい!」
「はぁ、怒ってなんかねーよ! いいから止まれ!」
この状況で捕まったら、何をされるか分からない。
振り返らずに、階段をいっきに中段まで駆け上って――。
御幸くんの忠告してくれたにもかかわらず、私はツルりと足を滑らせた。
「きゃっ!」
体が斜めに傾いて、一瞬、宙に浮いたような感覚になる。
後ろにいたはずの黒崎先輩が、私の視界に映りこんで――。
落ちちゃう! って、ぎゅっと目をつむった刹那。
彼の右手が素早く、そして強く。私の体を抱えこんだ。
ドンっ!
そして気づいた時には、私は黒崎先輩の両腕の中。しっかりと包まれながら、階段下に転がっていた。
痛ぁ~……くない??
固い筋肉質な彼の体が、クッションがわりになってくれたみたい。
「いってぇ……」
私の代わりに、彼が小さくうめき声をもらす。
どうしよう! 私をかばって、黒崎先輩が下敷きになっちゃった。
「す、すみません!」
「あー……お前、ケガは? ちゃんと立てっか?」
「はい、大丈夫です! 私はどこも痛くなくて。あの、先輩こそ……」
「オレも平気だから。ほら、とりあえず上からどけっ」
黒崎先輩はそう言って、グリーンメッシュの髪を乱暴にかきあげる。
でも手の甲がすりむけていて、血が出ているのを見つけてしまった。
私は彼の胸から飛び退いたあと、慌てて持ち歩いている絆創膏をとりだす。
「とりあえず、これを」
「イイって、そんなの」
黒崎先輩はゆっくりと立ち上がった。
執拗に追いかけられたのが原因とはいえ、こうなっては、知らん顔で逃げ出すこともできない。
そもそも先輩は、何であんなに必死になって、私のことを呼び止めたの?
「はー。お前の忘れもんって、コレだろ?」
彼はそうぶっきらぼうに呟いて、すみれ色のペンケースを差し出す。
マカロンのイラストがポップに描かれたお気に入り。私が置き忘れたものに間違いない。
「え? え? わざわざ持ってきてくれたんですか?」
「だってコレ、取りに来たんだろ? それなのに何度呼んでも、逃げっから」
鋭い目で淡々と話す黒崎先輩は、やっぱりちょっと怖い。
でも第一印象ほど、嫌な人という気はしなかった。
「ありがとうございました。あのっ」
ペンケースを受けとって、改めて謝ろうとすると――
「あれ? お前もしかしてこの前、天海と一緒に体育倉庫にいたヤツか?」
彼は初めてそこで、私があの日文句を言った女子だと、気づいたようだった。
どこかバツ悪そうに、ポリポリとこめかみを引っ掻く。
私は先輩に近づいて、躊躇いながらも自分の手を差し出した。
「まず、怪我してるところを見せて下さい」
すりむいただけなのか、打撲してないか。ちゃんと確認させて欲しい。
でも黒崎先輩は犬猫を追い払うみたいに、シッシッと手の平を横に振った。
「イイから、もう行け。授業が始まる」
後ろ髪をひかれつつも、私はその言葉にホッとして、すぐに背中を向けた。