学園王宮シークレット ~キングとナイトの溺愛戦~

7.3人で微妙なカフェタイム

 それから5日後。
 放課後の昇降口で、私にとってセンセーショナルな事件がおきた。

「芹七、あの時はマジで悪かった。あれからだいぶ反省したから、許してくれ」

 黒崎先輩に呼びとめられたかと思うと、「ゴメン」のポーズで勢いよく頭を下げられる。
 
「な、何ですか? あの時って」

 睨んだこと? すごんだこと? それとも怖い顔で追っかけてきたことかな?
 もう、どれも気にしてないのに。

「ほら……あれだ。オレのものになれって、言ったやつ」
「へ? ああ……」

 正直いって、一番忘れてたやつ。
 先輩ってばわざわざそれを謝るために、私に声をかけてくれたの?
 照れくさそうに前髪をガシガシとかきわける姿は、何だかちょっとカワイイ。
 根は真面目なんだな、きっと。

「別に気にしてないですよ」

 私が笑みを返すと、彼は安堵の表情を見せる。

「良かった! 勢いとはいえ、初っ端でアレはねーよな。お前が怒ってるのに気づいて、ヤベーって思ったんだけど。自分でも初めてで、何かテンパっちゃって」
「あはっ。たしかにちょっと先輩、慌ててたかも」
「忘れろ。次に芹七が欲しいって思った時には、ちゃんと間違わずに言うから」
「? ああ、はい……」

 黒崎先輩の声、前よりまるくなった気がする。 
 私が欲しいって、ケガした時に来てほしいってことだよね?
 そんなに改まれると、何だか調子が狂っちゃうな。

「そういえば先輩、足の具合はどうですか?」
「お前に言われたとおり、あれから整形行ってきた。一応シップは貼ってっけど、もう何ともねーよ」

 右足首をグリグリと回して、痛みがないことを見せてくれた。
 良かった、体育祭までには間に合いそう。

「じゃあ、私はこれで――」
「ま、待てっ!」

 脇をすり抜けようとしたら、下駄箱に足ドンされて止められた。
 うわ~。そんな乱暴にしたら、また捻っちゃうよ。
 心配になって慌てて顔を見上げると、黒崎先輩は気恥ずかしそうに唇を動かす。

「なあ。芹七って……食いもんとか何が好きなんだよ?」

 唐突にそんなことを聞かれて、私は首をひねった。

「えぇ? 甘いものですかね。苺とかフルーツも好きですけど」
「じゃあ、駅前の『スタフ』寄ってかね? 苺のフラッペシェイク、もう飲んだか?」

 そう聞かれて、私は頭を振る。 
 スタフ、って。人気のカフェ『スターフロント』のことだと思うんだけど。
 実は一度も行ったことがないの。

「この前の詫びと礼をかねて奢るから。今から行こうぜ」
「ええ? 制服のままで? 校則違反なんじゃ」

 行きたい。飲んでみたいけど……。

「ハハッ、真面目かよ! そんなこと気にしてるやつ、芹七くらいしかいねーぞ」
「そ、そんなもんですかね?」
「ほら、付き合えよ。体育祭の練習も部活もない、オレにとってはかなり貴重な放課後なんだから」
 
 私が手に抱えていたサブバックを人質にとり、黒崎先輩は強引に歩き出す。
 うわ、まだ返事してないのに!
 っていうか、そんな貴重な時間を私なんかにつかって大丈夫なのかな。
 そんでもって黒崎先輩に近づかないって決めたのに、どうしてこんなことになっちゃうの?
 しーちゃんの顔が脳裏にうかぶ。

「あの、黒崎先輩! 私やっぱり……」

 外に出て追いかけて、先輩がもっていた私のバッグをガシッと半分だけとり返した。
 行きかう生徒が私たちのやりとりを見て、何事かと振り返る。
 そうだった。黒崎先輩は『ナイト』って呼ばれてる、秀麗ではとっても目立つ人なんだっけ。
 うぅ……みんなの視線が集中しすぎて断りづらいなぁ。どうしよう。

「ねー黒崎。その子、困ってるように見えるんだけど」

 そんな時、聞きなれた耳心地のよい声がふってきた。
 見上げると、私のすぐ後ろにしーちゃんがいて、黒崎先輩に冷ややかな目を向けている。

「何だよ、てめーには関係ねーだろ。今から芹七とスタフに行くとこなんだから、邪魔すんな」
「……せりな?」

 黒崎先輩のナチュラルな名前呼びに反応して、しーちゃんのこめかみにピキッと青筋がたった。
 そして何かを察したように、深く長いため息をつく。

「まず、お前が持ってるそれ。彼女に返せよ」

 乱暴にバッグをとり返すと、そっと私に渡してくれる。
 ニコッと優しい笑顔までつけてくれたのは、わざとかな? 黒崎先輩をどこか煽っている気がするんだけど。

「チッ。何なんだよ。天海って、こーいうところに出てくるヤツじゃねーだろ」

 先輩は目を吊り上げて、大きく舌打ちをした。

「A組が芹七をクイーンにしたがってるって、マジだったんだな」
「だから何?」
「御幸や早乙女ならともかく、てめーはいつも我関せずで、涼しいカオしてんだろ。何だよ、コイツにだけ」
「知ってた? その子って、僕を追いかけて秀麗に来たんだって。だから僕なりに面倒をみようかと思って」
「はぁ!? 別に天海がやらなくても、芹七の面倒ならオレがみてやるし!」
「ふーん。僕の代わりに? 彼女は黒崎なんか、望んでないと思うけど?」
「クッ……てめぇ」

 何が起きてるの??
 黒崎先輩がしーちゃんを気に入らなくて、絡むのは前からみたいだけど。
 それに真っ向から対抗するなんて、冷静なしーちゃんらしくない。
 頭上でバチバチとにらみ合う2人を、私はあわあわしながら両手で抑えこむ。

「しー……紫己先輩! 私はもう大丈夫ですから。バッグ、ありがとうございました」
「で、宮さんは? こいつとスタフに行くの?」
「いえ、それはまだ決めてなくて……」
「でもストロベリーモカフラッペシェイク、飲みたいんでしょ?」
「うっ……それは……」

 何でバレてるんだろ。
 甘い誘惑につられそうになったのを、しーちゃんはお見通しみたい。
 口ごもった私を見て、しーちゃんは「やっぱり」といった諦めの表情をした。

「それなら、僕も行くよ」
「え?」
「はーーーぁ!?」

 私よりも黒崎先輩の方が、素っとん狂な声を出して驚いていた。


 ☆★☆


 これはいったい、どういう状況なのでしょうか?

 若いママさんや高校生でにぎわう、スターフロントの店内。
 4人がけのテーブル席で、ソファーの真ん中に私。向かいの右側の椅子にしーちゃん、左に黒崎先輩。
 まさに『東のキング』と『西のナイト』に、私は三角形にはさまれている。

 それにしたって、やっぱり2人ともビジュがいいなぁ。
 タイプは正反対だけど、芸能人レベルのイケメンなのは間違いない。
 宝石に例えるならしーちゃんはキラキラのダイヤモンド。それか上品なパール。
 黒崎先輩はマットな黒い石やシルバーみたいな、カッコイイものがよく似合いそう。

 2人に見惚れながら、私は黒崎先輩が買ってくれたフラッペシェイクを一口飲んだ。
 ストローをとおって口の中に広がる、甘いシャリシャリした苺ミルク。

「うわぁ、冷たくておいしい♡」

 幸せな衝撃をうけて、3人でテーブルを囲むっていうちょっと前までの違和感は、私の中ですっかり飛んでしまった。

「なっ。来て良かっただろ?」

 黒崎先輩が同じものを飲みながら、得意げに笑う。
 甘党なのかな? ホイップクリームましましにしてるところが、ギャップ萌え。
 楽しそうにストローですくっちゃったりして、もう親近感しかないよ。

 隣を見ると、しーちゃんは甘くないアイスコーヒー。
 それに加えて珍しく、苺タルトなんか頼んでいる。
 普段ならほとんど口にしない甘いデザート。「何でそれ!?」って台詞が喉まで出かかった。
 けど、幼なじみっていうのは黒崎先輩には内緒だから、ツッコミたいのをグッとこらえる。
 そんな私に気づいて、しーちゃんはフッと柔らかく目を細めた。

「宮さん、これも食べるでしょ?」

 フォークでわりと大き目な一口をカットすると、突きさして私の口の前に差しだす。

「はい、あ~ん」
「え?」

 たしかに、ケーキも味わいたいし、余裕でお腹に入っちゃうけど。
 これ、外でやっちゃって大丈夫? 恥ずかしくない?
 それとも推しからの申し出は、ファンサと思ってありがたく受けとるべきなのかなぁ。
 うーん……困った。でも、え~い、もう食べちゃえ!

 パクッと思い切ってフォークの先をくわえる。
 うわっ、こっちも美味しい♡
 ホロホロと口の中でタルトがくずれて、苺の甘酸っぱい香りが鼻をぬけた。
 たぶん私、すっごくうっとりした顔をしてるんだと思う。
 しーちゃんは可笑しそうに笑うと、親鳥がひなに食べ物を差し出すみたいに、もう一度タルトを私の口の前にもってきた。

「はい、あ~ん」

 パクリ。
 数回それを繰り返したら、あっという間にお皿の上がキレイになってしまった。
 うん、けっきょく私がぜんぶ食べちゃったみたい。

「天海って普段、女に興味なさそうにしてるくせに。そういうことは自然に出来るヤツなんだな。さすがキング。ってか、ちょっと引くんだけど」

 隣の黒崎先輩がイヤミっぽく言って、なぜか顔を赤くする。

「別に、誰にでもするわけじゃないけど?」

 しーちゃんはしれっとそう反論して、フォークの先に残っていたジャムを何気なくペロリとなめた。
 そ、それ。私がさっきまで使ってたやつだよ? さすがにファンサが過ぎるのでは!?
 私は1人でドキドキしてしまった。
 しーちゃんって、こんなに色っぽかったっけ?

 あまりにもナチュラルで大胆な行動に、黒崎先輩も絶句してるみたい。
 自分のフラッペシェイクを一気に飲み干して、プイと反対側に顔をそむける。

「せっかく芹七とスタフに来たっていうのに。ったく、どういうつもりだよ……」


 ☆★☆


「黒崎はこっから電車だろ? じゃあ、僕たちはこれで」

 3人でお店を出て数メートル。
 しーちゃんは私の手を引っぱって、駅とは反対の方向に歩き出した。
 ちょっと、早いよ~。
 いつもは歩幅を合わせてくれるのに、何かすっごく急いでる。
 私は前のめりで歩きながら、黒崎先輩のほうに首だけで振り返った。

「ご、ごちそうさまでした! えっと……また明日!」

 先輩、呆然と見送ってる。
 電車に乗り遅れないで帰れるかなぁ。



 2人で家路をたどる間、しーちゃんは握った私の手を離さずにいた。
 こんなに長い距離を手をつなぎながら歩くのは、幼稚園の遠足以来かもしれない。
 イヤじゃない。けど、何だか緊張しちゃう。
 さっきのお店でのことといい、しーちゃんがかもし出す空気が、今日はやけに甘い気がして。
 私の胸は高い音が鳴りっぱなし。
 
「しーちゃん、どうしたの? 何かいつもと違うね」

 平静をよそおって明るく話しかける。

「こういう僕はヤダ?」

 しーちゃんはこっちを見て、切なげに笑んだ。
 そんなことあるわけない。どんなしーちゃんも大好きだもの。
 私は大きく首を横に振る。
 ただ――

「今日はちょっと、違う人みたいでドキドキしちゃうかな」

 そう素直に答えると、しーちゃんはフッと嬉しそうな声をもらした。

「もっとドキドキしてよ」
「へ?」
「あ~セリ、カオが真っ赤になってる。可愛い」
「か……かわいい!?」
「うん、すごくね」

……やっぱり、しーちゃんがおかしい!
 くすぐったい気持ちになって、視線を外す。
 でもそれを許してくれず、しーちゃんは私の長い髪を一房すくうと、指ですーっと2度といた。

「そろそろセリに、男として見てもらいたい」
「しーちゃん……?」

 男としてって、今と何が違うのかな。
 大きく骨ばった手。いつの間にか逞しくなった肩。うんと見上げないと交わらない視線。
 それに気づいちゃった私は少しだけ、しーちゃんを遠くに感じた。
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