学園王宮シークレット ~キングとナイトの溺愛戦~

9.完璧な『他人のふり』

《学ランが集まったから、飾りつけるの手伝って! ٩(。˃ ᵕ ˂ )وよろしくねぇ♡》


 すばる先輩から【OQu(オーキュー)】に個チャが来て、放課後に作業をすることになった。
 家庭科室のカギを借りる。
 しーちゃんと御幸くんは他の用事で遅れてくるらしく、まずは私たちで学ランを広げた。

「わ~、カッコいい!! これ全部、すばる先輩が!?」

 持ってきてくれた黒い上着には、すでに襟元と袖口に金のサテンが縫いつけられていた。
 前の合わせの部分には縦にスパンコールの飾りがついていて、まるで王子様の衣装みたいでキュンキュンしちゃう。

「デザインも素敵だけど、こんなに薄い生地をキレイにまっすぐ縫えるなんて。先輩、器用ですね~。お店で売ってるものみたい!」
「そう? ばーってミシンかけただけだよ」

 私があまりにも興奮して褒めるから、すばる先輩は珍しく照れくさそう。
 でも本当にすごいんだもん! 好きじゃなきゃこんな丁寧な作品、生み出せないと思う。

「思いきって派手にしちゃったんだけど。どうかな? やり過ぎた?」
「ぜんぜん! これくらいの方が目立っていいと思います」
「だよね。良かった~、昨日は徹夜しちゃったからさ」

 そう言って、手で口元を覆いながら、ふわぁ~っと欠伸をするすばる先輩。
 寝不足なのかな? 白目がいつもに比べて充血していて、ちょっと心配になった。

「すばる先輩、良かったらこれ使ってみて下さい」

 救急セット第2段のポーチから、目薬をとりだす。

「ドライアイと疲れ目によく効くんです。使いきりタイプなんで清潔ですし」

 連結している目薬をパキッと折って、すばる先輩に1回分を渡した。
 先輩は大きな目をさらに丸くする。

「芹七ちゃんって、こういうのいつも持ち歩いてんの?」
「はい、一通り。えっと……特技なんで」
「ぷっ。面白すぎでしょ。でもこれ使ったことあるヤツだし、遠慮なくもらうね」

 すばる先輩は天井を仰いで、顔を歪めることなくパチっときれいに目薬をさす。
 濡れたまつ毛が妙に色っぽい。
 おぉ! イケメンってこんな姿も美しいんだ。
 私が感心していると、先輩は先を急ぐように再び学ランを手にした。 

「でさ、うしろ。背中の部分をどうするかって、相談なんだけど」

 バサッと裏返す。

「生徒席からは基本、こっちが見えちゃうんだよね。何か物足りなくない?」

 うーん、たしかに。背中にも分かりやすい装飾があったほうが映えるよね。

「じゃあ、赤いキラキラのホログラムテープで『A』なんて書くのは、どうですか?」
「縫うんじゃなくて、貼るってこと?」

「はい。実は私、お裁縫はあまり得意じゃなくて。でもテープなら失敗してもやり直せるし、綺麗にできそうだし。何より、すばる先輩が少しお休みできるじゃないですか」

 ここまで1人で頑張ってくれたんだもん。あとは私たちが分担してやらなきゃ。
 私の提案に、すばる先輩はふにゃっと顔をほころばせる。

「芹七ちゃん、ありがとね。すごいって褒めてくれたのも、目薬くれたのも。そういうふうにオレを気遣ってくれるのも、メッチャクチャうれしい」
 
 そして私にふざけてハグをした。
 わわっ! すばる先輩、意外にたくましい。
 しーちゃんに比べると華奢だけど、やっぱり男の子なんだなぁ。

「芹七ちゃんって不思議な子だよね」
「え?」
「最初はただカワイイだけの、紫己の追っかけって思ってたけどさ。ぜんぜんそれだけじゃなかった。自分の意見はしっかり言えるし、強くて仲間思いだし」

 そこまで言うとバッと体を離して、悪戯っぽく片目をつぶる。

「ま~だけど。デザインセンスは、並みかな。Aってわざわざ書こうなんて、オレの感性にはないもん」
「あはっ」

 私は「すみません」と苦笑いを返す。

「せっかくの衣装がちょっとダサくはなっちゃいますけど。一致団結、A組アピッてことで」
「うん、イイと思うよ。みんなで創ったって感じがしてさ」


 ☆★☆


 それから30分くらいして、御幸くんが家庭科室に入って来た。

「すばる、生徒会で予算おりたぞ。衣装の布とかテープとか、けっこう使えるから」
「サンキュー! こっちも芹七ちゃんのアイディアで、カッコいい衣装になりそうだよ」

 みんながそれぞれの役割を、責任をもってこなしてる。
 すごいな、先輩たち。やっぱり頼もしい。

「あれ? そう言えば、しー……紫己先輩はまだですか?」

 てっきり御幸くんと一緒だと思ってたのに。
 こんな時間になっても来ないなんて、何かあったのかな。
 私が首をかしげていると、すばる先輩がクルッと身をひるがえす。

「紫己にはクラスTシャツを受け取りに行ってもらってるんだ。こっちには来れないって連絡きたし、オレ達はそろそろ帰ろうか」


 ☆★☆


 すばる先輩は文具店に寄りたいからって、1人猛ダッシュ。
 私は御幸くんとのんびり階段を降りながら、昇降口にむかっていた。
 他愛もないおしゃべりをしながら歩いていると、前方に華やかな男女の集団。
 そしてその中央に、しーちゃんの姿を見つけた。

 相変わらず目立つなぁ。
 頭いっこ分大きい背丈も、サラサラのアッシュゴールドの髪も目を引くんだけど。
 何よりも背筋をしゃんと伸ばして歩く姿がキレイで、どんな人達に囲まれていても自然と視線が吸いよせられるの。

 クラスTシャツって言ってたっけ。きっとみんなA組の人だよね?
 でも知らない女の子たちと談笑しているとこなんて、秀麗に来てはじめて見た。
 塩対応で有名なしーちゃんが、私以外の女の子と仲良くしてる。
 視界に入ったその光景に、なぜかチクッと胸が痛んだ。

「どうだ? T シャツは人数分揃えられたか?」

 御幸くんが足をとめて、みんなに声をかける。

「もっちろ~ん! ちょっと手違いもあったけど、紫己くんがカバーしてくれたから。ほら、バッチリ♡」
「重い荷物も、ぜんぶ持ってくれてるんだよ♡」

 先輩たちはしーちゃんに寄り添いながら、意気揚々とした。
 ちょっと……くっつき過ぎなんじゃない? 
 大人っぽい女子の先輩の手が、しーちゃんの肩に触れている。
 それをとくだん気にする様子もなく、もちろん振り払ったりもしないで。
 しーちゃんは私まで視線を下ろさず、御幸くんだけを見た。

「そっちはどう? 衣装はどうにかなりそう?」
「すばるとセリちゃんのお陰で、さっき解散した。今から帰るとこだけど、紫己はどうする?」
「う~ん、僕はいいや。まだやること残ってるし」

 残念。学ランがカッコ良かったこととか、背中にAを描くアイディアのこととか。
 いろいろ話したかったのになぁ。

「しー……紫己先輩。あのっ――」

 ちょっとだけでも聞いて欲しくて、話しかけたんだけど――。
 しーちゃんはそれを遮るように、表情のないカオで頷くような会釈をする。
 え……今の、私にしたんだよね?
 何だか、知らない人に返す反応みたい。
 まるで自分のファンに接する時のような、不愛想で他人行儀な、冷たい態度。

「じゃあ、また明日ね」

 そして御幸くんにだけサラリと右手をあげると、そのままあっさりと立ち去ってしまった。
 私のことは一度も見ずに。

 無視……されたんだよね。
 他人のふりしてとか、推しとファンの関係ねって。むちゃなお願いをしているのは私の方だけど。
 今までハッキリと距離をとられたことなんてなかったから、びっくりした。
 呆然と立ち尽くしてしまう。

 しーちゃんの後尾を歩いていた女子が、チラリと私を振り返った。

「なんだ。紫己くん、あの子にも塩じゃん。気にすることなかったね」

 そしてしーちゃん達の集団は、廊下を曲がって見えなくなった。



「……セリちゃん、平気?」

 体が固まって動けないでいる私を、御幸くんが心配そうに覗きこんでくる。

「え? ぜんぜん! 別に何ともないよ?」
「でも、今にも泣きそうな顔してる」
「そ、そんなことないって」
「あー、そんなにショックだったか。紫己がいつもみたいに、笑いながら甘やかしてくれなかったのが」
「…………」

 私が自分勝手に傷ついちゃってること、御幸くんにはお見通しみたい。
 気恥ずかしくなってもじもじと上半身を揺らし、無理やりに笑顔を作った。

「あはっ。しーちゃんって『ファンの女子』には、ほんと愛想ないんだね。でも意外にクラスの女の子には優しくて、びっくりしちゃった」
「ん~アレ。どう見たって、セリちゃんの為でしょ」
「え?」

 どういうこと?
 メガネの奥で優しく揺れる御幸くんの瞳を、じっと見つめる。

「今朝、紫己が原因で3年女子に絡まれたんだろ?」
「う、うん……」
「だからセリちゃんを守る為に、『平等』にしたんじゃねーの?」

 平等、たしかにそうだ。
 しーちゃんが私を『ただのファン』として、みんなと同じように塩対応で接すれば、誰も私になんか注目しなくなる。
 好奇な視線を注がれることもないし、変なウワサも流れない。

 でも同時に『特別』でも、なくなっちゃうんだよね。
 しーちゃんの横に誰か別の女の子が並んでいるのを、さっきみたいに黙って見ていなきゃならないんだ。
 ……それはとってもイヤだなぁ。

「御幸くん……私、変だ」
「ん?」

 御幸くんが静かにこっちを向く。

「しーちゃんが私の為にやってくれてる事なのに、ぜんぜん嬉しくないみたい」

 モヤモヤとした感情が胸をおおう。
 うまく形容できない、誰にも気づかれたくない。そんなくすんだ気持ちに戸惑ってしまう。

「ギュッて、心臓が痛いし」
「……へぇ、何でだろうな」

 御幸くんは唇を薄くひらいて微笑むと、私の背中をトンッと押した。

「その痛みの原因、早く分かるといいな」

 そして私は、朝の黒崎先輩とのやりとりを思い出していた。
『天海のこと、男として好きなんじゃねーの?』っていう、言葉を。
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