初恋シンドローム
     ◇



 昼休み、彼とお昼を食べてからさっそくふたりで教室を出た。
 移動教室で使うところや学食なんかを中心に案内して回る。

 大和くんは機嫌よさげで、終始ずっとにこにこしていた。

 また、彼のことは既に噂になっているみたいだ。
 教室を通り過ぎたり人とすれ違ったりするたび、何となく視線を感じるような気がして、わたしとしては落ち着かない。

 並んで廊下を歩きながら、ちらりと彼を窺った。

「……嬉しそうだね、大和くん」

「嬉しいよ。こうしてまた風ちゃんと会えただけでも嬉しいのに、これからは同じ学校に通えるんだから」

 そう言葉にされても、何だかまだ実感が湧かない。

 もしかしたらこれは夢なのかもしれない。幻かもしれない。
 まだ、ちょっとリアリティが(とぼ)しくて、そう悲観的になってしまう。

「しかも同じクラスで隣の席。約束がなくても会えるって、こんなに幸せなんだね。風ちゃん」

「う、うん」

 (よど)んだ返事になったのは、決して意に反していたからではなかった。
 ただ、いまになってその呼び方に照れくささを感じ始めたのだ。

「どうかした?」

「ううん、その……“風ちゃん”って懐かしくて。いまも呼んでくれるんだなぁって」

 そう言うと、くす、と大和くんが笑う。

風花(ふうか)、の方がよかった?」

 不意に呼ばれ、どき、と心臓が跳ねた。
 呼んでくれる相手が変わるだけで、自分の名前なのに何だか慣れない響きに感じられる。

 そう考えて、そういえば、と思い至った。

(悠真は全然、わたしの名前呼んでくれないな)

 付き合いは長いのに、記憶にある限り、彼がわたしを“風花”と呼んでくれたことは一度もないような気がする。

 そもそも呼ばないことが多いけれど、呼ぶときはたいてい“おまえ”とか、やむを得ないときは苗字とか、それでもそのときはどこか不本意そうな声色だ。

 ふと、寂しく感じた自分自身に困惑した。

(な、なに考えてるんだろう! こんな、まるで付き合ってるみたいな悩み……)

 ひとりでわたわた焦っていると、突然視界に大和くんが現れた。
 一歩前に歩み出て、正面に立つ。

「……考えごとなんて寂しいな」

「そんな────」

「ねぇ、風花」

 咄嗟に否定しかけたものの、あれこれと誤魔化す気は、たったひとことそう呼ばれただけで()がれた。
 はっとして、ぜんぶの意識が彼に向く。

「あの約束、俺はいまでも本気だよ」

 疑いの余地もないほど、まっすぐな双眸(そうぼう)と重厚感のある声音だった。
 彼はすくうようにわたしの左手を取り、薬指を優しく撫でる。

「さっきも言ったけど、この再会も運命だって本当に信じてる。だから、真剣に考えてみてくれないかな」
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