初恋シンドローム

第3話


 放課後になると、鞄を肩にかけた悠真が歩み寄ってきた。

 色々なことが起こってすっかり頭から抜け落ちていたけれど、一緒に帰ろう、と誘われていたのだった。

「す────」

「ねぇ、風ちゃん。一緒に帰っていい?」

 身を乗り出し、これ見よがしに言ってのけた大和くんを「えっ?」と凝視(ぎょうし)する。

 鈴森、と苗字ではあるけれど珍しくわたしを呼んでくれようとしたであろう悠真も、さすがに怪訝(けげん)そうな顔をして彼を見ていた。

「だめ?」

 大和くんはただひとり、楽しげに笑みをたたえながら小首を傾げている。

「う、ううん。だめじゃない、けど……」

 転入してきたばかり、越してきたばかりで、慣れていない道には不安もあると思う。

 教科書だったり校内の案内だったりも(しか)り、わたしを頼りにしてくれるのは実際嬉しい。

 もちろん、あの約束を通して特別な絆を感じてくれている、という前提があるからこそなのだろうけれど。

 だから無下にはしたくなかった。
 でも、悠真との先約があるのもまた事実だ。

 今朝から態度や様子が少し違っていることに気づいた以上、彼のことだっておざなりにはできない。

(どうしよう?)

 どちらを優先すべきか分からず、決めかねて答えられないでいると、はっと不意にひらめいた。

「そうだ! じゃあ3人で帰らない?」

「はあ……?」

 我ながら名案だと思ったのに、悠真が真っ先に、そして露骨(ろこつ)に嫌そうな顔をした。

 淡白(たんぱく)な彼の表情変化を見られるのは新鮮なことだけれど、できれば笑顔とかポジティブな感情をもってする顔を見たいものだ。

「よ、よくなかった? 仲直りできるかなと思ったんだけど……」

「別にそもそも喧嘩してないし」

「俺はいいよ、風ちゃんがいるなら。ふたりきりの方がもっといいけど」

 積極的な大和くんは相変わらずの調子で、さらりとそんなことを言う。
 けれど、一方の悠真は億劫(おっくう)そうにため息をついた。

「……それなら俺は先に帰る。じゃあね」

「え、ちょっと。悠真────」

 何か言いたげな割に自ら背を向けると、すたすたと振り向くことなく教室を出ていってしまった。

 その姿が見えなくなっても、目を逸らせないで扉の方を見つめていると、机の上に置いていた手に大和くんのてのひらが重ねられる。

 突然伝わってきた温もりに驚いて彼を見ると、柔らかく微笑み返された。

「ちょうどよかった。これでふたりきりだね」
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