初恋シンドローム
     ◇



 翌朝、門の向こう側にまた見慣れた後ろ姿があることに気づいた。
 小道を駆けるようにして歩み寄り、取っ手を引く。

「……悠真」

「おはよ」

 昨日の放課後の雰囲気からして、来てくれないと思ったのに意外だった。

 その顔や声色からはとうに不機嫌さが抜け落ちていて、そこにはいつも通りの彼がいた。

「おはよう」

 正直、少しほっとしながらそう返す。
 悠真の隣という馴染んだ場所は、やっぱり居心地のいいものだった。

「……昨日はごめん」

 歩き出して少しした頃、ぽつりと彼が言う。

「あんな子どもみたいな態度とって」

「すねてたの?」

 思わず小さく笑いつつ、からかうように尋ねた。

「何で俺がすねるの」

「本当は一緒に帰りたかったのかな、って思って」

「三枝と? ……ないよ」

「じゃあ、わたしと?」

 冗談めかしていたずらっぽく笑ってみせたものの、見上げた彼の顔に同じ色がさす気配はない。
 真面目そのものの表情でまっすぐ見返してくる。

「……そう言ってる」

「え」

 どき、と図らずも心臓が跳ねた。

 その声は小さくて、けれど、言葉は足りないほどなのに端的だ。
 顔を背ける仕草までどこか照れくさそうだったから、ついまともに動揺してしまう。

 どうしてしまったのだろう、彼もわたしも。
 これではそのうち本当に勘違いしてしまいそう。

「あ……そ、そういえば悠真は大和くんとの思い出って何かある?」

 焦って別の話題を探り当てると、ひと息で言って尋ねた。

 だけど、まるきり適当な勢い任せというわけでもない。

 大和くんとの思い出────わたしにはほとんどないけれど悠真はどうなのだろう、と昨日思い至ってから気になっていた。

「三枝との思い出?」

「うん、そう」

 唐突(とうとつ)な話の転換に困惑を(あらわ)にする彼。
 こくりと頷くと、悠真は流すように視線を逸らした。

「……特にない。あいつとはほとんど関わりなかったし」

「そっ、か」

 そういえば昨日、ふたりともが当時のお互いのことをわずかに振り返っていたような気がする。
 双方とも、あまりいい印象は持っていなかったのかもしれない。

 いずれにしても、悠真もまた“思い出”と呼べるような記憶は持ち合わせていないようだ。

「……実はわたしもそうなの」

「え?」

「大和くんとのこと、あんまり覚えてなくて」
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