初恋シンドローム

 急に何のことだろう、と再び見上げると、今度は彼の方が俯きがちに目を外す。

「俺ね、やきもち焼いてた」

「やきもち?」

「越智が……羨ましくて」

 微笑みを崩しはしなかったけれど、やわくて切なげな色が広がっていた。

「俺がきみに会いたくても会えなかった間、あいつはずっとそばにいたんでしょ」

 彼の瞳に、再びわたしがおさまった。
 わたしもまた、視界の真ん中に彼を捉えていた。

「俺より長いこと一緒にいて、俺の知らないふたりの時間があって……。風ちゃんに大事に思われてる。そんなの、羨ましくて仕方ないよ」

 悠真に対する挑戦的な言動や露骨(ろこつ)な当てつけは、そんな思いが隠されていたからこそだったようだ。

 3人で仲良くできないかな、なんて気楽に考えていたのを恥じ入る。
 きっと、悠真にもまた想像の及ばない真意があるのだろう。様子がおかしいのはそのせいかもしれない。

 そんなことを考えながら口を開く。

「……でも、一日も忘れたことなかったよ」

 はっとした彼に、小さく笑いかけてみせる。

「わたしも大和くんにずっと会いたかったから」

「風ちゃん……」

 儚げに揺れていた大和くんの双眸(そうぼう)が、わずかに(きら)めいた。

 心地いいような感覚を覚える。彼との距離感を思い出しつつあるのかもしれない。

 ふと大和くんが眉を下げ、ふらりと前を向く。

「……ごめん」

「えっ、また? 今度はどうしたの?」

「俺、嫌なやつだ」

 まったく予想外のひとことに、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
 聞き返すより先に、自信なさげな声で言葉が紡がれる。

「越智に遠慮させてるのは自分だって分かってるのに、風ちゃんとふたりになれて嬉しいとか、邪魔者がいなくなってくれたとか、いまそんなこと思ってる……」

 率直で正直な心情が吐露(とろ)され、すぐには何も言えなかった。
 大和くんは困ったように笑って肩をすくめる。

幻滅(げんめつ)した? こんな、俺の黒い部分」

「そんなこと……」

 打ち明けたことは意外ではあったけれど、幻滅なんてするはずがない。
 わたしも彼の立場なら、きっと同じくらい欲張りになると思うから。

「風ちゃんには嘘つきたくなかった。ちゃんと分かってて欲しいから」

「なに、を?」

 半分は何となく想像がついているくせに、それでも尋ねてしまった。

 間が持てないから?
 返す言葉を探す時間を稼ぎたいから?

 ……そうじゃなくて、きっと、ただ聞きたかっただけだ。
 わたしはわたしで欲張りだった。

「そのくらい、本気で欲しいと思ってるってことを」
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