初恋シンドローム

 そっと頬に添えられた手から体温が溶け出す。

 逸らされることのない眼差しと、甘く微笑む口元が、わたしから平常心を奪っていく。

 だけど一途すぎるほどのひたむきさは、同時に熱までもを奪おうとしていた。

 どうしたって不安になる。
 彼の心に釣り合うような想いを、わたしは持っているのだろうか?

 分からない。自信がない。
 昨日から今朝にかけて覚えた、違和感に近い胸騒ぎは、未だにはびこったままだ。

 川べりに引っかかった小枝みたい。
 浮かんで押し流されそうなのに、水の勢いが足りなくてその場に留まり続けている。



     ◇



 放課後になると、悠真はさっさと教室から出ていった。

 視線すら一度も返ってこなかったけれど、ついその姿を目で追ってしまう。

『せっかく再会できたんだから、俺に構わずふたりで仲良くやればいいじゃん』

 今朝の言葉が自然と蘇ってきて、心苦しい気持ちになる。

 確かに大和くんとの再会は夢にまで見たことだ。
 けれど、それで悠真と疎遠(そえん)になるのは、わたしだって本意じゃない。

 そう考えたとき、いまになって不意に気がついた。
 あれ、と思う。

(その、初恋の話……悠真にしたっけ?)

 大和くんのこと、あの約束のこと────その存在と思い出が特別であることを、いままでに話した覚えがなかった。

(どうして知ってるんだろう?)

 首を傾げたとき「風ちゃん」と横から大和くんに声をかけられる。
 はたと意識が現実へ引き戻った。

「帰ろう」

「……うん」

 笑い返して頷き、思考を追い出す。

 いまは大和くんとの時間に目を向けて身を委ねよう。
 彼のことまで中途半端にするべきじゃない。



 校門を潜り、並んで歩き出す。
 悠真の隣とはちがって見える景色には、まだ慣れなくて新鮮だ。

「昔みたいに手繋いで帰る?」

 笑みを含んで大和くんが言った。
 冗談っぽく聞こえるけれど、きっと半分くらいは本気だと思う。

「昔……。そんなことしてた?」

 戸惑いを隠しきれそうもなくて、思わず正直に聞き返してしまった。

「覚えてない?」

 案の定、大和くんは驚きを(あらわ)にする。
 否定を待っているような気配があって、咄嗟にそうしようとしたけれど、言葉が喉で詰まった。

 わたしに嘘をつきたくない、と言ってくれた彼の言葉がよぎったからだ。

 誠意で応えるべきだと思った。
 実のところ記憶が曖昧(あいまい)だということを、正直に打ち明けるべきだ。
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