初恋シンドローム

 どき、と心臓が跳ねた。
 その意図も、指輪が持つ意味も、分かってしまったから尚さらときめきが加速する。

 だけど、すぐには頷けなかった。

 それを受け取るということは、彼の想いを全面的に受け入れるに等しい。

 あの約束を果たすために、改めて誓い合うということなのだ。
 大げさでも何でもなく、紛れもない婚約の証になる。

「嬉しいけど……いまはまだ、ちょっと心の準備ができてなくて」

 言葉を探して慎重に選んだ。
 すべてはわたし次第で、その意ひとつで振り回してしまうと自覚していたから。
 大和くんを傷つけたくはなかった。

「……そっか、分かった」

 わたしにはまだ、覚悟が全然足りていない。
 彼の想いに向き合う覚悟も、応える覚悟も、愛される覚悟も。

 ワンシーンの思い出しか持ち合わせていないこんな状態では、隣に並ぶ資格すらないんじゃないかと怖くなる。

 何度目か分からない“ごめんね”がまたこぼれ落ちそうになったとき、大和くんが動いた。

「じゃあ────」

 アクセサリーの横に並んでいた、白色のリボンを手に取る。
 存在感のある、割と大ぶりなバレッタだった。

「代わりにこれ贈らせて」

「えっ?」

「深く考えないで、受け取って欲しいな」

 ()とも(いな)とも瞬時にははっきりと答えられなかったけれど、やがて小さく頷いていた。

 満足そうに微笑んだ大和くんが頷き返し、レジの方へ向かっていく。
 その背中を目で追いかけて見つめた。

「…………」

 指輪を断ったという負い目が、正直どこかにはあったのだと思う。
 このままでは彼の気持ちごと拒んでいるのと同義な気がして。

 だけど、実際のところは大和くんの言葉に従った部分が大きかった。
 深く考えることをやめて、彼の望みに応じただけ。彼を笑顔にする選択肢をとっただけ。

 結果として正解だったのだと思う。
 そうしたら、(つた)のように絡みついてきていた罪悪感がほどけた気がしたから。



「お待たせ、風ちゃん」

 先に外で待っていたわたしに笑いかけてくれる大和くん。
 何だかほっとするような笑顔だった。

「はい、これどうぞ」

 差し出された小さな紙袋を受け取る。
 中身は言わずもがな、先ほどのバレッタだ。

「ありがとう」

 思わず頬を綻ばせると、すっと大和くんが近距離に顔を寄せてきた。
 息をのむと呼吸が止まり、そのまま固まってしまう。

「それ、いつもつけててね」

「いつも?」

「そう。……かわいい風花を俺に見せて」

 耳元で囁かれると、心臓が跳ねた。
 加速の一途(いっと)を辿って苦しいのに、心は何だか満たされてもいた。

 頬が熱を帯びていくのを感じながら、照れくさいのに大和くんから目を逸らせない。
 彼はやっぱり、その綺麗な顔に余裕そうな笑みをたたえていた。

 ああ、と思う。
 先ほどまでの不安や自信のなさなんていつの間にか忘れ去っていて。

 ……これはもう、きっと、時間の問題なんだろう。
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