初恋シンドローム

「騙されないでよ? ……単純なんだから」

「わっ」

 くしゃりとかき混ぜるように髪を撫でられる。
 一見ぶっきらぼうなのに、その手つきはちぐはぐなほど優しかった。

「も、もう。せっかく綺麗に結んだのに……」

「いいよ、ほどけば。外してあげる」

 止める間もなく、するりとバレッタが髪を滑る。
 ヘアゴムも一緒にほどけて、こぼれ落ちた髪がふわりと広がった。

「ゆ、悠真……?」

「ねぇ、何してんの? それ返して」

 さすがの大和くんも戸惑いを(あらわ)にリボンを取り返そうとしたけれど、悠真はそれを(かわ)すように避けた。

「これって、おまえの意思表示で……宣戦布告?」

 もったいつけるようにリボンを眺めてから、鋭く大和くんを()めつける。

 当の彼は微塵(みじん)も怯むことなく、ゆったりと笑みを返していた。

「そう思うってことは、きみも同じなんだ」

 挑発でもするかのような反応にも、悠真は表情を変えなかった。
 黙って手元を再び見下ろす。

「……ちがう」

 ややあってから彼は答えた。

「俺はおまえとはちがうから」

 大和くんに対して言いきると、今度はわたしに向き直る。
 リボンとヘアゴムを差し出された。仰向けたわたしのてのひらにそっと載せられる。

 目の前を横切った悠真は、視線を落としたまま歩いていってしまう。

 色々と気にかかったものの、口を(つぐ)んだままその背を見送るほかなかった。



     ◇



 中庭へ出たわたしと大和くんは、花壇のふちに腰かけていた。
 ほどかれた髪に、彼が丁寧に触れる。結び直してくれるみたいだ。

 先ほどのことを思い出し、わたしは眉を下げた。

「大和くんがせっかく選んでくれたものなのに……悠真がごめんね」

「どうして風ちゃんが謝るの」

 小さく笑った大和くんの声が背中越しに聞こえる。
 その手が髪をすくって撫でるたび、くすぐったいようなふわふわとした気分になった。

「付き合ってるわけでもないでしょ」

「それはそうだけど……」

 頷くついでについ俯くと、わずかな沈黙が落ちる。

 彼とふたりだということが唐突(とうとつ)に意識され、何となくどきどきしてきた。
 速い心音を自覚する。

 やわい風が吹いても、一度帯びた熱は一向に冷めない。
 花が揺れ、香りが漂い、どこか夢心地でもあって、わたしはただこの時間に身を委ねていた。

「……でも、興味あるなぁ」

 おもむろに大和くんが口を開く。

「え?」

「何がきっかけで越智と親しくなったの? 俺がいた頃はそんなことなかったのに」
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