初恋シンドローム

 そう尋ねられ、ふっと浮かび上がった意識が過去へと向いた。

 ほんの数年前、だけど遠い昔のような、悠真と初めて話した日の出来事が蘇ってくる。

「……あの日はね、体育でバレーをやったんだ。そのときにわたし、足首を(ひね)っちゃって」

 大したことはない、と思って保健室へ行かずにいたら、帰る頃には悪化していた。

 歩けないほどではないけれど、靴下の上からでも腫れが分かるほどで、響くような痛みを感じた。

「本当は冷やしたりとか親に迎えにきてもらったりとかした方がよかったんだろうけど……早く帰って何とかしなきゃ、って何か焦っちゃって」

 ずきずきと襲いかかってくる痛みや想像以上に腫れた足首を見て、冷静さを欠いたのだと思う。

 ぎこちない足取りで廊下に出たとき、悠真に声をかけられた。

『……足、痛い?』

 いまと同じように、言葉数は多くなかった。
 けれど、気にかけてくれたことが何だか嬉しかったし、救われた気になった。

 わたしが“大丈夫”なんて笑って周りに強がったせいなのだけれど、それでも足首を痛めたことに気づいてくれたのは、悠真だけだった。

「それでね、初めて悠真と一緒に帰ったの。支えながら家まで送ってくれて。意外と近いってことも分かって」

「……へぇ、そうなんだ」

 つい懐かしくなって意気揚々と話していたものの、静かな大和くんの相槌(あいづち)でふと我に返る。

 ゆっくりと振り向いた。
 彼の手が離れても髪はこぼれず、既にヘアゴムで結われているのだと分かる。

 うっすらと浮かべた笑みを保ってはいるものの、彼の表情は冷たい色をしていた。
 言葉を忘れて思わず見つめてしまうと、その視線に気づいた彼が眉を下げる。

「あ……ごめんね。自分から聞いたくせに、俺、また────」

 その先を口にはしなかったけれど、わたしは気がついた。
 悠真が羨ましい、と言っていたときと同じ顔をしていることに。

「そんな、わたしこそ……」

 無神経だった。思慮(しりょ)が浅かった。
 大和くんの気持ちを知っているはずなのに、デリカシーに欠けたもの言いをしてしまった。

「……でも、そっか。あいつの方から近づいたんだ」

 不意に低められた声に戸惑いが萌芽(ほうが)する。
 いつの間にか彼の綺麗な顔は翳っていて、また温度が抜け落ちていた。

「あーあ、完全にノーマーク。こんなことなら、もっとちゃんと釘刺しておくんだったなぁ」
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