初恋シンドローム

「……行こ」

 そう言って差し出されたてのひらを見下ろす。
 悠真の意図を推し量るように、その瞳と手の間で視線を行き来させた。

(つ、繋ぐってこと……?)

 もし違っていたら、なんて恥ずかしい勘違いだろう。
 そうだとしても照れくさいけれど────なんて、おずおずとわたしも手を差し出す。

 触れるなり優しく包み込まれた。溶け合った温もりが浸透していく。

 満足そうに口角を上げた悠真の表情を目にして、いっそう胸が高鳴るのを感じた。

 いまこの瞬間は、彼以外の何も見えない。



     ◇



 賑わう参道を手を繋いで進み、気の向くままにしばらくふたりで食べ歩いた。

 甘いものから塩気(しおけ)のあるものまであらゆる食べものを存分に楽しんで、最後に団子を頬張る。
 真っ赤な苺とクリームのような(あん)が載っていた。見た目もカラフルでかわいらしい。

「ん、美味しい!」

「よく食べるね」

 驚き半分、感心半分といった具合でそうこぼした悠真に、眉を下げて笑う。

「でも、もうさすがにお腹いっぱいかな」

 満足すぎるほど堪能(たんのう)できたし、お腹も心も満たされた。
 団子を食べ終わると、彼とともに少し人混みから逸れる。

 歩速を落とした悠真は、ふと気遣うような眼差しをわたしに向けた。

「疲れてない?」

「ううん、楽しいよ! 何か新鮮」

 最初の緊張はすっかり息を潜め、慣れないと思っていた左手の温もりも、いつの間にか境界(きょうかい)をなくしている。

 きっと、悠真に深い意図なんてない。
 はぐれないように繋いでくれただけ。そう思ったら、いくらか気が抜けた。

「…………」

 ふと黙り込んだ彼が視線を前に戻す。
 一歩、二歩……半ば惰性(だせい)で押し出すようにして動かしていた足が完全に止まる。

「悠真?」

 何となく(いぶか)しみながら、わたしも足を止めた。
 (うれ)うような横顔を見上げていると、不意に彼が口を開く。

「……祭り、みたいだよな」

 何気ないひとことの割には硬い声色だった。
 頷くことさえ気軽にできないような重厚さを感じて、わたしの言葉は喉に詰まる。

(“祭り”……)

 その単語を耳が吸収すると、脳裏(のうり)にぼんやりとした光景が広がった。

 屋台と提灯(ちょうちん)で彩られた神社の境内(けいだい)
 人混みを歩くわたしは、いまと同じように誰かと手を繋いでいた────。

(誰だろう……?)

 思考が記憶の中へ枝を伸ばしかけたとき、不意にそれが断ち切られた。

 ぱっと悠真の手が離れたのだ。
 意識が強制的に現実世界へと引き戻される。

「……ごめん」

 そう言った悠真は目を伏せる。
 考えが巡っていくのを遮るように、彼の手がわたしの両頬を包み込んだ。

 蘇りかけた思い出がまた暗がりに溶けていく。
 (とも)った蝋燭(ろうそく)の明かりが消えたみたいに、光を失って(つい)えた。

 目の前の出来事だけが、完全にわたしの意識を奪い去る。

「な、に……?」
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