初恋シンドローム
第7話
週明け、悠真と過ごした日の余韻から抜け出せないまま学校へと向かう。
少し迷いはあったものの、髪の結い目にはリボンをつけてきた。
「おはよう、風ちゃん」
教室へ入って席につくなり、大和くんに声をかけられる。
「……あ、おはよ」
反応が一拍遅れてしまい、自分が無意識に悠真の姿を捜していたことに気がついた。
咄嗟に頬が熱くなる。彼はまだ来ていない。
「やっぱいいね、それ。似合ってる」
わたしの内心など知るよしもない大和くんが微笑む。
ふと伸びてきた手がわたしの頭に触れた。
リボンを眺め、嬉しそうに目元を和らげている。
「ひと目で分かる“特別”だからね。俺だけの────」
その双眸がひときわうっとりと甘くなった。
満足そうで、幸せそうな表情をたたえている。
「…………」
本当なら、わたしも同じ感情を抱くはず。抱くべき、とも言えるかもしれない。
大和くんの自信ありげな態度と惜しみなく与えられる“好き”の気持ちが、そう物語っている。
それでも、わたしの心はまだ動かないで置き去りになっていた。
(大和くんって────)
目の前の彼の笑顔と、記憶の中の彼の笑顔が、歪んで混ざり合う。
(こんな人、だったっけ?)
現実と過去が入り乱れるように、頭の内側にノイズが走った。
入り乱れるほども思い出を持ち合わせていないはずなのに。
『風ちゃん、ぼくのおよめさんになって』
『俺と付き合って。結婚を前提に』
不意に胸を掠めた不安が尾を引いて、心に染み込んでいく。
底冷えするような寒気を感じた。
(わたしたちって、どんなだったっけ……)
思い出もなくて、記憶も曖昧で、いまになって根本的な恐れが浮かんできた。
記憶というのは、自分やそれを取り巻く人、関係、あらゆるものの要になる。
それがなければ、自他を確立できないほど。
当たり前の工程すぎて普段は意識しないけれど、目の前の人物が誰なのか、という判断をするためには自ずと記憶を参照している。
だけど、わたしのそれはごっそりと抜け落ちていた。彼に関わる重要な部分が、特に。
そのせいで“手がかり”が足りなくて、いまの大和くんと向き合う段階にすら及べていないわけだ。
────彼があの大和くんであるという前提を、確信を、持てずにいるから。
きっとそれが、彼のひたむきな想いを受け入れることを躊躇してしまう理由なのだと思う。
恋心ごと蘇ってこないのもそうだ。