初恋シンドローム

 理由は分からない。そもそも勘違いかもしれない。
 だけど、何となく少しだけ気が楽になった。彼も彼で、完璧ではないのだと分かったから。

 もし、直感が正しいとしたら。
 抱いた違和感や疑惑を信じるとしたら。

 10年近い時を経て再び現れた大和くんは、あの頃の大和くんとは別人、ということになる。
 誰かがどうしてか、大和くんのふりをしているわけだ。

 わたしの思い出がほとんどないのをいいことに、つけこもうとしている?
 そうも思ったけれど、恐らくそれは違う。

 記憶が曖昧だと正直に打ち明けたとき、彼は心底驚いてショックを受けていた。
 あの反応は本物だったと思う。

 また、もし彼が大和くんじゃないとしたら、彼の方から思い出話を振るのはリスキーすぎる。
 辻褄(つじつま)が合わなかったとき、訝しがられるのは自明(じめい)だ。

 だから、きっとわたしたちふたりの記憶については穴なんてないのだろう。
 そうでないと早々にぼろを出すことになる。

 ただ、わたしの記憶があてにならないと分かったいまなら、でたらめな思い出話をしても問題ないということになる。

 つまり、大和くんの語るそれが事実とは言いきれなくなった。

「!」

 何気なく視線を流したとき、視界の端に悠真の姿を捉えた。
 いつの間にか登校してきていたみたいだ。

「…………」

 わたしよりずっと不安そうな面持ちで、こちらを眺めていた彼と目が合う。

 その表情の意味を掴めないうちに、大和くんがため息をついた。

「……また」

 普段より低められた声は物々しくて、つい窺うように顔を上げる。

「え?」

「あいつ、昔からあんな感じだよね。なに考えてるか分かんなくて不気味」

 目で悠真を捉えたまま容赦のないもの言いをした。
 彼の冷たい横顔を目の当たりにして怯んでしまう。

「そのくせ、風ちゃんのことは一番分かってるみたいな顔して生意気。うっとうしいって思うのも仕方ないよね」

 不満や否定的な感情を(あらわ)に、彼は悠真を露骨(ろこつ)嫌悪(けんお)した。
 この間の帰り道での態度と同じだ。よっぽど悠真のことが気に食わないみたい。

 そっと伸びてきた右手が、さら、とわたしの髪をかき分けて首に触れた。
 親指が愛おしげに肌を撫でる。くすぐったい。

「……風花は俺のなのに」

 伏せた睫毛が影を落とし、彼の顔はもの憂げな雰囲気に染まる。

(大和くんって、本当にこんな人……だった?)

 ただ知らない一面が露呈(ろてい)したに過ぎないのだろうか。

 だけど、数少ない記憶の中にいる大和くんは、誰かを(おとし)めてまで自分を優先する人とは思えない。
 そうであって欲しい、という願望かもしれないけれど。

 いずれにしても、渦巻く疑惑は降って湧いたわけじゃなかった。

 些細な違和感が少しずつ蓄積して昇華(しょうか)したのだ。

 別人みたい、とは以前から少し感じていた。“みたい”なのか実際にそうなのかでは、レベルやベクトルがまったく違うとはいえ。

 目の前にいる大和くんがあの頃の大和くんと同一人物なのかどうか、わたしは信じきれなくなっていた。
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