初恋シンドローム

第8話


 花を()けた花瓶を部屋に飾ると、思わず深々と息をついてしまった。

 帰り際のことが何度も何度も脳裏(のうり)をよぎって、心をつついてくる。

『……いいよ。なら、教えてあげる』

 彼がなにをしようとしたのか、そのとき意図に気がついた。
 けれど、気持ちの部分は重ならなくて。

『……っ』

 咄嗟に身を縮めるようにして顔を背け、思わず拒んでしまったのだ。

 その瞬間、夢から覚めて金縛りが解けた。
 はっと我に返った大和くんの重たげな表情が頭から離れない。

(あれでよかったのかな……?)

 衝動的な反応だったとはいえ、彼を傷つけてしまったように思えてならない。

 苺を食べたときと同じように、冗談だって撤回してくれることもなかった。
 わたしがわたしのために目を背けていただけで、大和くんはやっぱりいつでも本気だったのだ。

 自分の身勝手さが嫌になる。
 あんなふうにまっすぐ想ってもらえる資格なんてないんじゃないだろうか。

(謝らなきゃ……)

 息苦しいほど申し訳なくなってくるけれど、次にどんな顔をして会えばいいのか分からない。

 再びため息をついたとき、スマホが震えた。
 メッセージアプリの通知だ。

【ごめん】

 たったひとこと、大和くんから送られてきた。
 きゅ、と胸が締めつけられる。

(……何で拒んじゃったんだろう?)

 自分の気持ちが分からない。迷子になって錯綜(さくそう)していた。

 相手は大和くんなのに。
 あんなに大好きだった彼なのに、どうしてこんなに複雑なんだろう。

『風ちゃんはなにを迷ってるの?』

 本当にその通りだ。わたしはいったい、なにを迷っているのだろう。

 あんなに大事にしていた初恋の思い出。焦がれていたはずの相手。
 なのに、喜びより先に不安や違和感ばかりが大きくなるのはどうして?

「あんなに会いたかったはずなのに……」

 彼に会えば、あのときの記憶から想いが蘇って、あふれて止まなくなると思っていた。幸せでいっぱいになる、と。

 だけど、再会の衝撃が落ち着いて、大和くんがそばにいる日常に慣れ始めても、未だにそんな気配はない。

 彼の気持ちはあの頃から変わっていない、と分かったのに、素直に喜べないままだ。

 大和くんは大和くんだ。今日、一緒に過ごしてそう実感できたはずだった。

 けれど、結局はいとも簡単に揺らいだ。
 完璧な確信を持ってそうだと言いきれないから、疑惑はずっと根づいたままで。

 何もかも曖昧(あいまい)なのは、それが引っかかっているせいなのだとしたら────。

(確かめてみよう、かな)
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