初恋シンドローム



 昇降口で靴を履き替えていると、ふと視線を感じた。
 開け放たれた大きな玄関扉の前に悠真が立っている。

「あ……」

 どき、と心臓を()られた。
 思わず目を逸らすと、言葉を探すように視線を彷徨(さまよ)わせる。

「…………」

 そうしているうちに、すっと彼が横切っていった。

 喉に詰まった“おはよう”のひとことさえ押し出す勇気もなくて、黙って見つめることしかできない。

 わたしを視界から、意識から追い出すようにして靴を履き替えた悠真もまた、無言のまま歩いていってしまった。

(……やっちゃった)

 完全に元通りとはいかなくても、以前のような関係を保つことは不可能じゃなかったはずだ。

 まずわたしが普段通りに声をかけることができたなら、それをきっかけにすれば気まずくならずに済んだのに。

 一度タイミングを逃してしまったとなると、次に巡ってくる機会ではきっと倍以上の勇気がいる。

 それさえ掴めなかったら、もうこの先もずっとこのままだ。

「……おはよう」

 ふと声をかけられて振り向くと、大和くんの姿があった。

「お、おはよ」

 何も気後(きおく)れする必要なんてないのに、なぜか彼にまで遠慮がちなおぼつかない態度になってしまう。

「なに、越智と喧嘩でもしたの?」

「喧嘩はしてないけど……もしかしてさっきの見てた?」

「たまたまね」

 そう答えた大和くんの顔からふと笑みが消える。

「普段は風ちゃんのことしか見てないあいつが、あんなにそっけないなんて珍しいなって驚いてる」

 ばたん! と彼は靴箱の扉を強く閉めた。
 不意に響いた大きな音に、びくりと肩が跳ねる。

「……風ちゃんさ、喧嘩じゃないなら何があったの?」

 いつもの温和(おんわ)な雰囲気からはおおよそ想像もつかないような、冷ややかな眼差しだった。
 よっぽど機嫌が悪いのか、かなりいらついて見える。

「え……?」

「様子おかしいよね、どう見ても。髪飾りもつけてないし」

 そう言われ、慌てて結び目に手をやった。
 いまのいままで気づかなかったけれど、今日はリボンをつけてくるのをすっかり失念(しつねん)していた。

「いつもつけてて、って言ったのに」

「ご、ごめん。忘れちゃって」

 詰め寄るよってくるような大和くんに怯み、つい逃れるように一歩後ずさる。
 肌の表面がひりつくみたいな不穏な空気が漂った。

「ねぇ……まさか俺以外を選ぶつもりじゃないよね?」
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