初恋シンドローム



 人気(ひとけ)のない裏庭まで来たとき、悠真は足を止めて手を離した。
 振り返って向き直る。

「……昇降口でのこと、ちょっと聞いてた」

「えっ」

「ごめん、勝手なことして。さっきも……邪魔した?」

 てっきり告白のことを持ち出されるのかと身構えていたけれど、どうやらそうではないみたいだ。
 ふるふると首を横に振る。

「さっきのは……わたし、大和くんとはちがう気持ちだったと思う」

「どういうこと?」

 また色濃く蘇ってきた罪悪感が胸を締めつけてきて、ぎゅう、と両手を握り締めた。

「大和くんは昔の話を色々してくれるんだけど、全然思い出せなくて。そのせいで傷つけてたって分かって、それで……」

 いまになって思えば、ちゃんと拒むのが正しかった。
 中途半端な期待を抱かせてしまう方が、きっとずっと残酷だろう。

「ばか」

 悠真はぴしゃりと言った。

「自分より三枝の方が大事? そんなことも分かんなくなった?」

「そういうわけじゃ……」

 言い方はぶっきらぼうでも、彼なりの優しさだと分かる。
 もっと自分を大事にするべきだ、と言ってくれている。

 だけど、大和くんに対する罪悪感が残っている限り、わたしはまた彼の気持ちを優先してしまうかもしれない。

 次に同じようなことがあったとき、どんな選択をするかは自分でも保証できない。

「……ねぇ、悠真」

 少し考えてから口を開いた。

 いつまでも曖昧にはしておけない。しておきたくない。
 わたしの記憶に空いた穴を、見て見ぬふりはもうできない。

「あの頃のわたしたちのこと、なにか知ってるよね?」

 そう尋ねたとき、彼の表情がわずかに強張ったのを見逃さなかった。

「お願い。何でもいいから教えてくれないかな」

 縋るように告げると、一拍置いて悠真が踏み込んだ。
 瞬いた次の瞬間、わたしは彼の腕の中におさまっていた。

「ゆ、悠真……?」

「思い出さなくていい」

 そのひとことにどきりとする。
 悠真にはこの前もそう言われた。それも同じ意味だったのだろうか。

「どうして……」

 抱き締められた衝撃よりも、強い困惑が渦巻いていた。

「どうしてそんなこと……。どうしてわたしだけが覚えてないの?」

 あの頃のことを知りたい。教えて欲しい。
 もしかしたら、疑惑の正体を掴むことだってできるかもしれない。

「悠真の様子もこの頃変だし、わたしが覚えてないと大和くんを悲しませることになっちゃう。だから────」

「三枝のためだって言うなら、尚さら思い出さなくていい」

 そう言いきった彼は一度わたしを離した。
 両方の肩に手を添えたまま、まっすぐな視線を注ぐ。

「それがきみのためにもなる」
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