初恋シンドローム

第10話


 ────なぜだか頭の中に、ぼんやりとした光景が思い浮かんできた。

『ごめん……』

 耳に残っている、幼い男の子の声。
 それは病室でのささやかな出来事だった。

 あの夏祭りの夜、顔を含めた全身にひどい火傷を負って搬送(はんそう)されたわたしは、そのまましばらく入院することになった。

 その男の子がお見舞いに来てくれたのは、意識が戻って面会が可能になってからのこと。

 “ごめん”と何度も泣きながら繰り返していたものの、どうして謝るのかわたしには分からなかった。
 何言か話したはずだけれど、あまり覚えていない。

 きみは生きてる────ただ、そう言ってくれたことだけは思い出すことができた。

 この記憶は何なのだろう?
 彼は誰だったのだろう?

 過去の出来事が意識を満たしたとき、肩に触れていた温もりが消えた。

 はっと我に返ると、(きびす)を返す悠真の後ろ姿が目に入る。

「ま、待って」

 思わず慌てて声をかけた。
 彼はぴたりと歩みを止めてくれる。

「悠真はなにか……隠してるってこと?」

 これまでの態度や不自然なもの言いからして、いまさらわざわざ尋ねるまでもないことだったかもしれない。

 だけど、聞かずにはいられなかった。
 胸騒ぎのようなものが、じわじわと心を侵食していく。

「……うん、隠してるよ」

 彼は無視することなく答えてくれた。
 あっさりと認め、半分だけこちらを振り返る。

「でも、それは()()()が知る必要ないから」



     ◇



 教室に戻って席に着くなり、にっこりと大和くんに笑いかけられた。

「?」

 何だか妙で、内心(いぶか)しみながら首を傾げてしまう。

 今朝の一連の出来事を思わせないほど普段通りの態度だ。むしろ居心地が悪いような気さえしてくる。

 ────昼休みになると、大和くんは身体ごとこちらに向き直った。

「ねぇ、風ちゃんの好きな食べものって何だっけ?」

「え……?」

 唐突(とうとつ)な、それでいて聞き覚えのある問いかけだった。
 思わず聞き返したものの、彼は浮かべた笑顔を崩さない。

「えっと……チョコ、かな」

「ああ、やっぱそうなんだ。昨日は俺に選ばせてくれたけど、それならあれで正解だったんだね」

 いっそう笑みを深める彼だけれど、一方でわたしは得体の知れない奇妙な感覚を覚えていた。
 ざわざわと胸の内が騒ぐ。

「…………」

「どうかした? 今朝のこと怒ってる?」

 ついまじまじと見つめてしまうと、不安気な顔で大和くんがそう首を傾げた。

「あ、ううん! そんなことは……」

「じゃあさ、仲直りの印にこれあげる」

 わたしの返答なんてもともとどっちだってよかったのか、彼はそう言って何かを取り出す。

 机の上に並べられたのはふたつの飴だった。ピーチ味とレモン味。

「風ちゃんの好きだった方選んでいいよ」
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