初恋シンドローム
     ◇



 複雑な心境(しんきょう)で迎えた放課後、鞄を手に急いで席を立った。

 悠真とも大和くんともまともに話せる気がしなくて、教室から逃げ出してしまいたい衝動に駆られる。
 ────けれど。

「待って、風ちゃん」

 彼にすかさず引き止められてしまう。
 それを無視できるほどの度胸はなくて、その場で動けなくなる。

「……本当にごめん」

「…………」

 悠真ならまた“謝るくらいなら最初からするな”って怒るのかもしれないけれど。
 大和くんの真意を悟ってしまったいま、彼を責めたり突っぱねたりする気は起きなかった。

 ただ、少し動揺してしまう。
 大和くんがわたしを疑っている、という事実に。

 狼狽(うろた)える必要なんてまるでないのに。
 だって、わたしに関しては紛れもなく本物で、疑われる筋合いなんてない。

「怖がらせたよね。嫌な思いさせて、本当に────」

「気にしないで。……もう、平気だから」

 だけど、どうして大和くんはわたしを疑い始めたのだろう。

 あの頃のわたしといまのわたしが別人なんじゃないか、と疑えるだけの理由や根拠がなにかあった?
 約束があってもいつまでも彼になびかないから、とか?

 もやもやと広がる暗雲に目の前が曇っていく。
 がた、と立ち上がった大和くんが正面に回り込んできた。

「……一緒に帰らない?」

 その顔にいつもみたいな甘い微笑は浮かんでいなくて、引き締まった態度が真剣さを帯びていた。

(いっそのこと、ぜんぶ話したい)

 彼もまた同じ疑惑を抱えているというのなら、もう遠慮なんて必要ない気がする。

 お互いに本心を明かすときが来たのかもしれない。
 そう思ったわたしは、こくりと頷いて答えた。



     ◇



 日の傾きかけた道をわざと遠回りして歩いていく。

「あ、見て。あのお店寄ろうよ」

 学校を出るなり大和くんの態度から重々しさが消えたお陰か、いくらか呼吸が楽になってきた。

 指し示されたのはカラフルな店構えのジューススタンドだった。
 その場でフルーツなんかのジュースを作ってくれるお店だ。

「うん、行こ」

 笑顔を返して頷くと、大和くんは「やった」と顔を綻ばせる。

「俺はメロンにするけど、風ちゃんは何がいい?」

「あ、わたしも同じのがいい」
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