初恋シンドローム
やっぱり、あの浴衣と下駄の持ち主がそうなんじゃないだろうか。
というか、そうなのだろう。
まるで不鮮明で断片的なわたしの記憶は、火事の炎に焼かれてしまったみたいだ。
────大和くんは夏休みが明ける前に、この土地を離れることになっていた。
わたしが退院するより前ということになる。
『ぜったい迎えにいくから』
『待ってる』
いま、ようやく思い出した。
その約束は、病室で大和くんと最後に会った日に交わしたものだ。
ぼんやりとしていたそのときの記憶に光が灯ったみたいな感覚があった。
滲んでいた世界の輪郭が、はっきりとした線でふちどられていく。
(あれ……?)
思い出した、ということは、ちゃんと「風花」としての記憶には残っているということだ。
それなら、やっぱりわたしは「風花」なのだろうか?
「そのお祭りがどうかしたの?」
「ううん……。前に悠真がちょっと意味深なこと言ってたような気がして」
だけど、どうなっているのだろう?
夏祭りの日を振り返ってみても、余計に謎が深まっただけのような気がする。
「……俺とのことはなにを覚えてる?」
疑問に包まれる中、おもむろに大和くんが尋ねる。
「保健室でも言ったけど、お見舞いに来てくれてたことは思い出した。あとは結婚の約束をしたこと……その場面だけだけど、それもはっきり覚えてる」
当初はその思い出しかなかった。
わたしたちのすべてとも言えるほど大切な記憶だ。
「あれは……俺と、風花と、ほかにも何人かの同級生と一緒に出かけたんだよね」
そんな中、晴れた昼下がり、大和くんに誘われてふたりだけで輪を抜け出した。
シロツメクサで花かんむりと指輪を作って、あの約束を交わして────。
「何人かっていうか、クラスの半分以上来てたっけ。遠足みたいだったな」
懐かしむような眼差しで回顧した大和くんは、そう言って小さく笑う。
ぱちん、とその日の記憶に蓋をしていた泡みたいな膜が唐突に弾けた。
「……あ、思い出した」
「なにを?」
「確かその中に悠真もいたよね」
普段はもの静かで、いつもひとりで過ごしていた彼。
何を考えているのかよく分からない、なんてクラスメートにからかわれることもたびたびあるくらいで、積極的に遊んだりするタイプじゃなかった。
それなのに、なぜかそのときは自分から「おれも行きたい」なんて言い出したのだ。
「そうだ、そういえば……。意外だったけど越智も来てたね」
そう頷いた大和くんと目を見交わす。
考えついたことは恐らく同じだ。
『なにか……隠してるってこと?』
『……うん、隠してるよ』
それぞれの空白部分や埋まらないパズルのピース。
もしかすると、悠真ならぜんぶ持っているかもしれない。