初恋シンドローム
     ◆



 少し早めに登校すると、昇降口の柱部分に背を預け、目当ての人物が来るのを待った。

 予鈴(よれい)の10分前、予想より早く彼が姿を現す。

「越智」

 身体を起こして呼びかける。
 俺に気づいた彼は眉をひそめ、目に見えて迷惑そうな顔をした。

「……なに?」

「話がある。ちょっと付き合って」

 転入してきて日は浅いけれど、人気(ひとけ)のない場所は何となく把握(はあく)していた。

 朝の早い時間帯なら割と選択肢も多いが、ひとまず裏庭へ向かうことにする。

 越智は何も言わずに後ろをついてきた。
 積極的に従う意思はないものの、ここで断る理由もないといったところだろう。



「……それで? 牽制(けんせい)かなにか?」

「しないよ、いまさらそんなこと」

 ふっと思わず笑ってしまいながら答えると、越智は怪訝(けげん)な表情を浮かべた。

 そんなに小さい人間だと思われているのか、と少しショックですらある。

 だけど茶化すのはやめておき、まじめな話だと訴えかけるべく頬を引き締めた。

「彼女のことを教えて欲しいんだ」

「彼女?」

「そう……。10年前の風花といま風花として生きてる彼女は、本当に同一人物?」

 越智の双眸(そうぼう)が一瞬だけ揺らいだように見えた。
 ここぞとばかりに言葉を続けて畳みかける。

「俺が離れたあとは、きみがずっと一緒に過ごしてきたはずだ。一番近くで見てきたはず。きみなら知ってるでしょ?」

「…………」

 彼は口を(つぐ)んだまま、目を伏せるようにして視線を逸らした。
 後ろめたいことがあるというよりは、ただ億劫(おっくう)そうな反応だ。

 たとえば隠しごとがあって、それが公然(こうぜん)となっても、その内容だけは絶対に明かさない。
 そんな固い意思さえ窺える。

「越智、頼むから教えてくれよ。彼女は本当にあの風花なのか?」

 声色に焦燥(しょうそう)が乗ったのを自覚しながら、同じ問いかけを繰り返した。

 (もく)していた越智は、ややあって数度頷くと顔を上げる。
 目を見てはっきりと答えを口にする。

「……そうだよ」

 相手をするのが面倒になった、というような投げやりな雰囲気はなかった。

 けれど、予想に反する言葉を受けて戸惑ってしまう。
 そうしているうちに、彼の顔に警戒の色が滲んだ。

「どういうつもりで何を疑ってるのか知らないけど、彼女は鈴森風花で間違いない」

「……本当に?」

「分かったら余計なこと吹き込むな」
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