初恋シンドローム

最終話


「10年前の夏祭りの夜、事故が起きた」

 悠真の語り口は重たかったけれど(よど)みなかった。
 一度口を開いてしまえば、諦めがついたか覚悟が決まったみたいだ。

「それは……火事だけじゃない」

 わたしと大和くんの知らない真実が紐解かれていく────。

「火事、だけじゃない?」

 戸惑うように大和くんが繰り返す。

 ちかちかと頭の中で光が明滅(めいめつ)していた。
 血の滲む不鮮明な記憶が色と線を濃くしていく。

 悠真の双眸(そうぼう)がわたしを捉えた。

「あのとき、おまえはひとりじゃなかった」

「……うん、誰かと手を繋いでた」

「その“誰か”は高野(たかの)結衣(ゆい)。おまえの親友だった子だよ」

 その名前を聞いた途端、ひときわ胸のざわめきが増した。
 ぶわっと猛烈(もうれつ)な爆風に煽られるように、動揺が全身を駆け巡っていく。

「高野、結衣……」

 なぞるように反復して呟いた大和くんを見やり、悠真は尋ねる。

「三枝も覚えてるだろ? 小学生のとき、同じクラスだった」

「何となくは……。あんまり話したことなかったけど、風ちゃんと仲良かったのは知ってる。あの日も公園に来てたよね」

 こく、と悠真が首肯(しゅこう)する。
 クラスの大半と緑地公園へ出向いた日のことだ。あの約束を交わした日のこと……。

「わたし、その子とお祭りに……」

 小さく呟くと、悠真がわたしに目を戻した。

 学校近くの裏山にある神社。参道(さんどう)に並ぶ色とりどりの屋台。

 断片的な記憶から徐々にノイズが晴れていき、かちりかちりとパズルのようにはまっていく。

『行こ!』

 おそろいの浴衣、おそろいの髪型で、手を繋いだわたしたちは石階段を駆け上がっていった。
 神社の境内(けいだい)は高台にあり、あたりは木々に囲まれている。

「……っ」

 ふらりと目眩(めまい)を覚えた。
 力いっぱい押さえていたはずの記憶の蓋が開いていく────。

『……風花ちゃんばっかりずるいよ』

 心臓が早鐘(はやがね)を打つ。
 ゆらゆらと焦点(しょうてん)も定まらない。

「……そのとき言い合いになって、足を滑らせた彼女は境内から落ちていった」

 喉が渇いて、枯れ果てて、言葉が出てこなかった。
 大和くんは衝撃を受けたように「え」と引きつった声をこぼす。

 悠真の語る光景がありありと頭に浮かんだ。
 それは決して想像でも妄想でもない。

「パニックになったおまえも下を覗き込もうとして落ちたんだ。……俺は、それを見てた」
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