初恋シンドローム

 悠真が表情を歪めた。
 ふと、大和くんの言っていたことを思い出す。

『何か目撃者がいたらしくて、発見は早かったみたい。ただ、その子は手遅れだった』

 その目撃者とは悠真のことだったのだろう。
 一度息をついた彼は顔を上げ、静かに続きを口にする。

「どうしようもなくて、大急ぎで誰か大人を呼びにいった。火事が起きたのはこの合間の出来事」

 熱い空気が肌に触れた。
 幻だと分かっていても、ぞっと粟立(あわだ)つ。熱いのに寒い、奇妙な感覚に包まれる。

「……俺がその場に戻ってきたときには火の手が回ってて、ふたりとも炎の中だった」

「じゃあ、まさか亡くなったのって────」

「……そう。高野結衣」

 大和くんは神妙(しんみょう)な面持ちになった。
 わたしも青ざめた顔で彼の言葉を受け止めた。

「でも、生き残った鈴森のショックは強くて、不安定な状態だった。唯一心の支えだったのは三枝の存在だけど、引っ越して転校していったでしょ」

「…………」

「よりどころを失った鈴森はストレスで記憶を失ったんだ。その記憶はいまも戻ってない」

 はっとしたように大和くんがこちらを見る。

 いつになく饒舌(じょうぜつ)な悠真の姿は、これまでたったひとりで背負ってきたものの重さを物語っていた。

「そういう、こと……?」

「……うん、三枝が求めてたあの頃の“風花”はもういない。いまの鈴森の中に、あの約束が残ってるとは言えない」

 それを受け、愕然(がくぜん)とした様子の大和くんが再びわたしに向き直る。

「何で……、何で言ってくれなかったの?」

 わたしが言葉を探すより先に、間髪(かんはつ)入れずに悠真が声を張る。

「言えるわけないだろ!」

 知る限りでは、彼がこれほどまでに感情を(あらわ)にしたのは初めてのことだった。
 わたしも大和くんも圧倒されて息をのむ。

「おまえに、あんなふうに言われて……」

 悠真は怒っていた。
 何のことを言っているのかは、悲しいくらいに分かる。

『風ちゃん。あの約束は忘れてないよね』

『なにを迷ってるの? 俺のこと好きじゃないの? あの頃は頷いてくれたのに……』

『ねぇ、風ちゃん。俺はね、きみの存在だけを心の支えにして生きてきた。思い出に縋って耐えてきたんだよ』

 大和くんはことあるごとに過去を持ち出して、10年前へ連れ戻そうと躍起(やっき)になっていた。

 ……思い出も、春も、“風ちゃん”と呼ぶ声も、本当は鎖でしかなかったのかもしれないのに。
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