初恋シンドローム

『え……?』

 思わず聞き返した声は音にならないほど掠れて、お祭りの喧騒(けんそう)に飲み込まれてしまった。

『もう会えないかもしれない』

 (なまり)が落ちてきたみたいに心が重たくなった。
 焦燥(しょうそう)にも似た暗い感情が湧く。

 ────わたしたちは似ている。
 見た目も、性格も……好きな人も例外じゃない。風花もわたしも、大和くんのことが好きだった。

『でもね、約束したの! おとなになったら結婚しよう、って』

 風花には内緒にしているけれど、その瞬間のことはわたしも直接目にしていた。

 クラスのみんなと緑地公園で遊んだとき、ふたりだけでどこかへ行くところをたまたま見かけてしまって。

 こっそり覗いてみたら、飛び込んできた光景に胸を焼かれた。

 あたたかく晴れた春の日。
 大和くんから花かんむりと指輪をもらって、幸せそうに笑う彼女。
 それを見てもっと幸せそうな彼。

 どうにか痛みに耐えられたのは、それでも風花と親友でいたい、という気持ちの方が大きかったからだ。

 そうやって奥へ奥へ押し込んで見ないようにしてきた重苦しい感情が、嫌でも這い出てきそうになる。

『だからわたし、離れ離れになってもずーっと大和くんを好きでいるって決めたんだ。そしたらいつか────』

『……よ』

『えっ?』

『……風花ちゃんばっかりずるいよ』

 そう言った瞬間、(たが)が外れた。
 (せき)を切ったように感情があふれて止まらなくなる。

 そのあと彼女になにを言ったのか、正確には覚えていない。
 はっと我に返ったときには、風花の瞳に涙が浮かんでいた。傷ついたような顔でわたしを見つめている。

 心臓を鷲掴(わしづか)みにされたような気分になった。
 ごめん、と口にしようと息を吸ったのに、言葉がつかえて出てこない。

『……っ』

 それ以上この場に留まる度胸なんてなくて、逃げるように(きびす)を返した。

『ま、待って。結衣ちゃん────』

 引き止める声も無視して行こうとしたけれど、不意に背後から甲高い悲鳴が響いてくる。

『!』

 反射的に足を止めて振り向く。
 ちょうど風花の身体が宙に投げ出されようとしていた。

 後ずさったところでつまずいてバランスを崩したのか、大きく後ろに傾いていった。

 よろめいた足が地面を捉え損ね、境内のふちを滑ったのだろう。

 ガサガサガサッ! と葉っぱの擦れる音や枝の折れる音がして、一瞬のうちに風花の気配が消えてしまった。

『……え……』

 さっき以上に声にならなかった。
 瞬きも呼吸も忘れ、虚空(こくう)を見つめる。

 がく、と膝から力が抜けた。
 逆にそれで金縛りが解けたわたしは、四つん這いのままふちへ寄って身を乗り出す。

 心臓が耳元で鳴っていた。不安定な浅い呼吸を繰り返す。

 眼下(がんか)には真っ黒い木々の海原(うなばら)が広がっているだけだった。
 彼女を飲み込んでからは、うんともすんとも言わない。

『ふう、か……ちゃん……?』
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