初恋シンドローム

 ……ちがう。
 わたしは風花じゃない。

 死のふちを彷徨(さまよ)うような目に遭ったけれど、わたしの記憶はしっかりしていた。
 だから、自分が“高野結衣”である認識はちゃんと残っていたのだ。

 わたしが目を覚ましたことを、風花の両親は泣いて喜んでいた。
 母親の手には、一部分が黒く焦げてすすだらけになった髪飾りが握られている。

 頭の中に弾けるような彼女の笑顔が蘇る。
 あのとき、交換なんてしなければ────。

『……っ!』

 何か言おうにも声が出なかった。気道熱傷(ねっしょう)によるせいかもしれない。

 火傷を負った手はペンを握ることも叶わず、わたしが意思を伝える手段は完全になくなってしまった。



 なす術もないまま混沌(こんとん)に放り込まれて数日経ったある日、お見舞いにきた風花の母親が言った。

『風花、落ち着いて聞いてね。……結衣ちゃんが亡くなったそうよ』

『!』

『境内から落ちたんだってね。そのときには、もう……』

 彼女の身体に突き刺さった樹枝(じゅし)と染みていく血が、鮮明に思い出される。
 その状態で火に焼かれてしまったのだろうか。

『……風花』

 彼女の母親はそっとわたしの肩を抱き寄せた。
 本当は抱き締めようとして、だけど怪我のせいで断念したようだ。

『……ちがう』

 掠れた声を無理やり喉から押し出した。

『わたしじゃない』

 わたしは風花じゃない。わたしは死んでいない。
 じわ、と涙が滲んだ。

 彼女が大好きだった。憧れていた。彼女なりたい、とさえ願っていた。
 だけど、わたしは彼女じゃないのだ。

『……分かってる。あの子が、結衣ちゃんが亡くなったのは風花のせいじゃない』

 浮かんだ涙があふれた。
 包帯が濡れても、傷に染みても、止まらなかった。

 まともに反論を続ける気力を()がれてしまい、ただ泣きながら「わたしじゃない」とばかりひたすら繰り返していた。

 ────その件について目撃証言がとれている、とあとから聞かされた。
 彼女の死は事故だと証明されている、と。



 その夜、初めて家族以外の人がお見舞いに来てくれた。

『悠真くん……』

 意外な人物だった。
 挨拶を交わしたり一緒に帰ったりしたことはあるけれど、せいぜいその程度だ。
 真っ先に来てくれるなんて思わなかった。

 悠真は包帯だらけの痛々しいわたしの姿を眺め、衝撃を受けたみたいだった。
 じっと驚いたような顔で見つめてくる。

 病室の扉が閉まってふたりきりになった途端、我に返ったように俯いて肩を震わせる。

『ごめん……』
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