神殺しのクロノスタシス6
「ふぅ…。とりあえず、少し落ち着こう…」

私は、持参したリュックサックの中身を開けた。

「こんな時の為に…。チョコ、持ってきてて良かった」

「…要るか?そんなもの…」

そんなもの、とは聞き捨てならないね。

「必要だよ。心の安寧を保つ為に。どんなに恐ろしい状況に陥っても、チョコレートを食べたら心が落ち着、えぇっ?」

「は、はぁ?何だよ」

私はリュックサックの中身を見て、びっくり仰天した。

…え。何で?何でこんなことに?

「つーか、さっきから…変な匂いがするんだけど。それ、あんたのリュックが匂いのもとか…?」

「チョコが…。私のチョコが…!」

「うわっ…。腐ってるじゃないか」

私のリュックサックに詰めてきた、チョコレートのお菓子が。

全部、生ゴミのような異臭を放っていた。

うわぁ。思いっきり匂い嗅いじゃった。気持ち悪い。

私は慌てて、急いでリュックのチャックを閉めた。

が、辺りに防ぎきれない異臭が漂っていた。

嘘でしょ?何で…?

「…わざわざ腐った菓子を持ってきたはずはないよな?」

「あ、当たり前だよ…。どれも、一週間以内に買ったばかりのお菓子だったんだよ」

「だよな…。そもそも、チョコレートなんてそうそう腐るものじゃねぇし…」

だよね。チョコレートが腐ってるところなんて、滅多に見たことない。

これまで私、うっかりチョコを引き出しの奥に入れっぱなしのまま忘れて。

大掃除の時に見つけたら、既に半年以上賞味期限が切れた状態だったのに。

箱を開けてみたら、ちょっと白っぽくなってるだけで、こんな腐った匂いはしなかったもん。

ちなみに、その時の賞味期限切れチョコは、勿体ないので食べた。

けど、ちょっと風味が落ちてるだけで、普通に食べられた。

保存も利くなんて、やっぱりチョコって偉大だなぁと思ったものだが…。

…さすがに、このリュックに入ってる、異臭を放つチョコは…食べる勇気が出ない。

あぁ、勿体ない…。まだ一口も食べてないお菓子ばっかりだったのに。

リュックサックに詰めた時は、こんな腐った匂いは一切していなかった。

あっという間に、こんな変わり果てた姿に…。

「ってことは、現世と冥界の『門』を潜る時に、何らかの作用が起きたと考えるのが自然だな…」

「作用…?」

「何が起きてもおかしくない、ってことだろ」

そ、それはそうだけど…。

冥界と現世では、時間の流れが違う。

もしかしたら、私達が冥界に足を踏み入れた、あの時…。

現世の時間に直したら、ほんの数分程度の短い時間だったはずだが。

冥界では、それこそ買ったばかりのチョコレートが腐るほど、長い年月が過ぎているということなのか。

開けてびっくり玉手箱、みたいな…。

「仕方ねぇ。腐ったもの持ってても仕方ないだろ。ここに全部置いて行けよ」

えっ。

ジュリス君、君、なんてドライなんだ。

「そんな…。私が丹精込めて選んだチョコを、こんな寂しいところに置き去りにするなんて…!」

「チョコに感情移入してんじゃねぇよ…。食べられないんだからどうしようもないだろ」

「ワンチャン、冥界から持って帰ったら、時間の流れが巻き戻って、腐る前の状態に戻ってるかも…!」

「もしそうだとして、あんたは一度腐った食べ物を食べる勇気があるのか?」

「…」

…ジュリス君、君は説得力の塊だよ。
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