神殺しのクロノスタシス6
元居た場所に引き返し、今度は下り坂を下り始めた。

冒険だね。

「はぁ…疲れた。三年分歩いてる気がしますよ…」

愚痴るルイーシュ。

「それは、普段歩かな過ぎなんじゃないかな」

僕はこれくらい余裕だよ。毎晩の深夜巡回より楽。

少なくとも今は、深夜巡回と違って姿や気配を消す必要はないからね。

「令月さんは疲れないんですか?」

「疲れてはいないけど、履いてる地下足袋の底が酸で溶けてきて、足の裏がピリピリする」

「それは地下足袋を履いてる方がおかしいんですよ」

そうかな。

履き慣れてるから、この方が歩きやすいし、それに足音も消せるから。

「仕事」の時は、藁草履(手編み)か地下足袋のどっちかなんだよね。

替えの地下足袋が風呂敷の中に入ってるから、いざとなったらそっちに履き替えよう。

「それより…さっきから、心音、いや規則的な音が聞こえなくなりましたね」

心音って言っちゃったね。今。

「その代わり、ねちょねちょが増えてきたね」

元居た場所は、精々ぬかるみを歩いている…くらいだったのに。

下り始めてしばらくすると、段々粘液が増えてきて。

今は、さながら水溜まりの中を歩いているようだ。

しかも、足に触れるとピリピリする水溜まり。

そろそろ、疑いようがなくなってきたな…。

「えぇ。胃液が、いや、粘液が増えてきて…」

胃液って言っちゃったね。

もう良いんじゃないかな。わざと言わないようにしてるみたいだけど。

…すると。

ランタンで照らした先に、開けた場所が見えた。

「この先…何だか広い空間があるね」

「へぇ?…うわぁ…」

そこは、さながらピンク色のプールのようだった。

粘液の水溜まりは、僕達の足首くらいの深さまで到達している。

さすがに、この中に入るのは危なそうだね。

溶かされそう。

ピンク色のぶにぶにした壁が、ぐねぐねと気持ち悪く動いていた。

これは…見たことあるの色だね。

人間の、臓器の色…。

更に。

「あそこ…見える?」

「えぇ、見えてますよ…。…消化中、ですね」

「そうだね」

ランタンの先、酸性の浅いプールの中に、ドロッと溶けた肉の塊が浮かんでいた。

非常にグロテスク。

おまけに、酸っぱいような腐ったような、何とも言えない悪臭が鼻を突く。

最早、疑う余地はない。

…おかしいな。僕達、冥界に来たはずなんだけど。

「…何で、人の胃の中にいるの?」

「さぁ…。それは永遠の謎ですね」

気がついたら、何処かの誰かの胃の中に迷い込んでしまった。

…僕達、もしかしてこのまま、ここで消化されて、栄養分にされちゃうのかな?
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