神殺しのクロノスタシス6
「大丈夫だよ。君に危害は加えない。冥界にやって来た役目も忘れてないから」

…悪意はないように見えるが。

…今は、言い争っている場合ではない、か…。

「…本当に、信じても良いんだな?」

「うん、勿論だよ。信じて」

…そうか。

分かった。じゃあ信じるよ。

怪しさ満点なのは確かだが、でも「この」ベリクリーデからは、悪意というものが微塵も感じられなかった。

悪いこと考えてるようには見えない。

…って、悪役ってのは大抵、悪いこと考えてるようには見えないものなんだが…。

「…それよりも」

もうこの話はおしまいとばかりに、ベリクリーデは遺跡の方に視線を向けた。

「…変な感じがするね、この場所」

「…変な感じ?」

「君は何も感じない?」

…俺は…。

ベリクリーデの横に並んで、この場所をぐるりと見渡した。

崩れかけた、大きな祭壇。

まるで、教会の礼拝堂みたいな場所だ。

かつてここは、冥界の教会だったのだろうか?

…冥界って、教会なんてあるの?

それよりも、この場所。この感覚…。

何だろう。凄く…胸がチリチリするような…。

「…気持ち悪い…感じがする」

何故か、この場所を見ているだけで。

胸騒ぎがするような、背中がぞわぞわするような…不安な気持ちにさせられる。

何なんだ、これは…。

冥界に…この遺跡に辿り着いてからずっと、落ち着かない。

冥界なのだから、落ち着かないのは当然なのだが…。

「そっか。君もそうなんだね」

君も、ってことは…。

「ベリクリーデ、お前もなのか?」

「私以上にこの子が…。…いや、そうだね。私も同じだよ」

この子って誰?

ともかく、ベリクリーデも同じように感じていると。

「立ち入っちゃいけないところに、足を踏み入れてるような気がする…」

そう、それだ。

ベリクリーデの言うことは、非常に的を射ている。

「ここは冥界なんだから、それは当然なんだけどな…」

「それを抜きにしても、ここは何だか変だよ。…上手く言えないけど…。…ちょっと怖い」

…怖い?

怖いなんて、そんな感情は…。

…いや、待て。違う。

そう、怖いんだ。俺も。

俺が、じゃなくて…正しくは、俺の中にいる…。

「…怖い…」

「…?大丈夫、羽久?」

「怖い、怖い…。怖い…」

一度気づいてしまったら、それ以外に何も考えられなかった。

この場所は怖い。俺が…私が、私達が、足を踏み入れてはいけない、場所。

今この場所に、シルナが居ないことが酷く不安だった。

だって、ここは…。この場所は、かつて、

「しっかりして、羽久。自分を見失わないで」

「…っ…!」

ベリクリーデは俺の手を取って、真っ直ぐにこちらを見つめながらそう言った。

お陰で、俺は正気を取り戻した。

…しまった。俺、今…。

「ご…ごめん、ベリクリーデ…」

「ちょっと、この場所から離れようか。その方が良いよ」

「…分かった…」

この場所が何なのか、何故こうも心を掻き乱されるのか。

俺達に、その答えを知る術はなかった。

…今は、まだ。
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