神殺しのクロノスタシス6
しかし、逃げると言っても簡単なことではない。

僕達を追いかける水竜は、明らかに敵意剥き出しだった。

まるで、海底都市に忍び込んだ侵入者を排除するかのように。

侵入者は決して許さないとばかりに、血眼になって僕達を追跡してきた。

うぅ…話が通じないのがもどかしい。

踏み込まれたくなかったのなら、今すぐ出ていくから。

それで許してくれないだろうか。お互い、「済みませんでした」と謝って解決したい。

…だが、そんな平和的な話し合いが通用する相手ではなかった。

「ひぇっ…!」

瓦礫の裏に身を潜めた僕達を、水竜のぎょろりとした目が捉えた。

隠れたつもりだったけど、やっぱり無理だった。

「見つかってんじゃねぇかよっ…!」

「い、急いで逃げよう。キュレムさ、」

「いや、ちょっと待て。逃げ回るだけじゃなくて、いっそ迎え撃つのはどうだ?」

えっ?迎え撃つ?

戦うってこと?相手は冥界の魔物なんだよ?

「た、戦って勝てるの?」

「このまま黙って捕まるよりマシだろ。…ほら、来たぞ!」

ひぇ。

こちらを見つけた水竜は、ここに居たのかと言わんばかりに、牙を剥き出しにして迫ってきた。

キュレムさんと一緒だから、まだ僕も正気を保っていられるけど。

これ、もし一人だったら、この場に卒倒していたかもしれない。

「魔弾装填…。…喰らえ!」

キュレムさんは、得意の魔弾を水竜に撃ち込んだ。

聖魔騎士団魔導部隊大隊長の攻撃を真正面から受けて、立っていられる者はいない…はずだったが。

忘れてはいけない。ここは水中なのだ。

キュレムさんが放った魔法の弾丸は、水に勢いを殺され、威力を削がれ。

魔弾が水竜に届く頃には、その威力はほぼ、ゼロに等しかった。

「…」

「…」

…聞こえてくるようだよ。水竜が、「今何かしたか?」って言ってるのが。

多分水竜にとっては、ピンポン玉を投げられたくらいの衝撃でしかなかったんだろう。

そっか…。さすがにピンポン玉じゃ、冥界の魔物には勝てないよね。

「…全然効いてねぇじゃん!」

これには、キュレムさんも大声で抗議。

気持ちは分かる。分かるけど。

「逃げよう、キュレムさん。やっぱり逃げるしかない!」

「畜生。何だ?今の間抜けな攻撃。水の中じゃなきゃ、もう少しまともな攻撃出来たのに!」

それも分かってるよ。でも今はしょうがない。

急いで逃げて、出来ればまた瓦礫の中にでも潜んで、何とかやり過ごしたい。

しかし。

「ふわぁっ!」

「うへぁっ!?」

突然、水の中に大きな衝撃波のようなものが走って、僕もキュレムさんも悲鳴をあげた。

見ると、遮蔽物になりそうな瓦礫の山が一蹴されていた。

目を疑ったよ。

水竜が、その長い尻尾を振り回し、僕達が隠れられそうな場所をぶち壊したのだ。

僕達が、これ以上逃げ隠れることが出来ないように。

嘘でしょ。そんな知恵があるの?

…しかも。

「…!天音、やべぇ。避けろ!」

「えっ…!?」

瓦礫の山を払ったアイアンテールで、今度は僕達を仕留めようと。

尻尾を振り上げ、こちらに向かって振り下ろそうとした。

動きが素早い。

陸上なら何とか躱すことも出来ただろうが、水中ではそうもいかない。

駄目だ。まともに食らう。

頭の中が真っ白になった、その時。
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